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バレンタイン
2月に入ると、SNSでバレンタインのイラストが流れ始める。
僕にとっては毎年バレンタインはイラストやゲームのイベントくらいしか縁がない日だったが、今年はそうではない。
「バレンタインのチョコ、やっぱり僕が渡す方なんだよね」
もしかしたら先輩の方がくれるかもしれないけど、だからと言って僕が何も用意しなかったら、先輩は確実にすねる。
「どんなチョコがいいかな」
先輩が一番喜ぶのは僕の手作りだろうけど、僕の料理の腕では厳しいだろう。
じゃあ、デパートで売っている高級チョコでも買えばいいのかと言うと、それも何か違う気もするし、だいたいデパートのあの女の人だらけのチョコレート売り場に1人でチョコを買いに行くことを考えるとそれも厳しい気がする。
色々考えた末に、僕はスーパーで少し前に流行った大手菓子メーカーのちょっと高級な板チョコのシリーズを全種類買い込んで来た。
このチョコは流行った時に友達が買ってきたものをひとかけ貰ったことがあって、その時は確かに美味しいと思ったのだけど、僕は同じ金額出すなら普通の板チョコ2枚の方がいいなと思ったので、自分で買ったことはなかった。
けれども、バレンタインに渡すのなら、このチョコはぴったりだと思う。
このチョコのパッケージは、中央にカカオ豆のシルエットがあって、そこにそれぞれの種類で違う凝った模様が描かれていて、しかも余白部分が多くて薄い色なので、ペンなどで書き込みをするといい感じに映えるのだ。
このチョコがオタクの間でも流行ったのは、味よりもむしろ、そのパッケージを生かしたイラストを描いたものがSNSで拡散されたことが大きい。
僕は買ってきたチョコのデザインを見つつ紙に下書きをしてから、油性ペンでチョコのパッケージに書き込みをしていった。
先輩の好きなキャラや一コマ漫画のようなものをそれぞれのパッケージに描いていき、最後の1つには僕の自画像(先輩が描いた僕のイラストほどには似ていないけど)を描いて「先輩大好き!」というフキダシを付け加える。
自分で書いておきながら恥ずかしくて、1人で身悶えしてしまったけど、せっかくのイベントなんだし、たまにはこれくらい頑張ってみてもいいだろう。
僕は百均で買ってきたプレゼントバックにチョコを入れると、机の引き出しの奥にしまって、バレンタイン当日までその存在を忘れてしまうことにした。
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13日の夜に先輩から「明日遅くなってもいいからうちに来てくれ」とメールが来た。
これは先輩もチョコを用意してくれたのかなとわくわくしながら、バイト終わりに先輩の下宿を訪ねた。
「先輩、これ、バレンタインチョコです」
「おー、ありがとう。
開けてもいいか?」
「はい、どうぞ」
僕がうなずくと、先輩は袋の中からチョコを取り出した。
「お、これか。
絵も描いてくれたんだな」
先輩は板チョコを1枚ずつ見ながら、絵にコメントしたり、ちょっと笑ったりする。
そして「先輩大好き!」と書いた最後の1枚を目にすると、驚いたように目を見開いてからニヤけた顔になったが、それでも茶化さずにいてくれた。
「ありがとうな。
それじゃあ俺からも」
そう言うと先輩は、机の本立てからクリアファイルに挟んだ1枚の紙を僕に手渡した。
「こ、これは……」
それは1枚のカラーイラストだった。
モデルは明らかに僕だ。
それは別にいいのだが、問題はその格好で、絵の中の僕は全裸に幅広のピンク色のリボンをぐるぐると巻いて、「Happy Valentine」と書いたハート型のプレートを持っていた。
ご丁寧なことに、ナニだけは赤い細めのリボンが巻かれていて、なぜか臨戦体勢のそれは先っぽだけがむき出しで、しかもその先っぽは異様に丁寧に描き込まれている。
その上どことなく恥ずかしそうな表情の僕の口元からは、「先輩、僕を食べてくださいっ……♡」というセリフのフキダシまで出ていた。
「あ、ありがとうございます」
内容が内容だが、それでも先輩の、しかもものすごく気合いの入ったカラーイラストだ。
先輩の大ファンの僕にとってうれしくないはずがない。
僕が礼を言うと、先輩は「おう」と返事をした。
「高橋が喜んでくれて良かったよ。
それじゃあ、さっそく再現しようか」
「えっ!」
ものすごく当たり前のことのように告げられた先輩の言葉に、僕は反論する。
「おかしくないですか?
これを再現したら、どう考えても先輩から僕へのプレゼントじゃなくて、僕から先輩へのプレゼントになりますよね?!」
僕の反論に、先輩はニヤリと笑う。
「たしかにこれの再現だけなら俺がプレゼントもらう方だけど、高橋がこれを再現してくれるのなら、俺からもここには描いてないようなプレゼントをいっぱいしてやるつもり、というか、プレゼントせずにはいられない状態になると思うけど」
そう言った先輩の色っぽい表情に「プレゼント」の内容を想像してしまい、僕はうろうろと視線をさまよわせる。
「というわけで、これ、今日の衣装な。
自分で巻けるか?」
そう言ってピンク色の幅広のリボンと、赤色の細いリボンを出して来た先輩に、僕はうつむいて答える。
「……いえ、先輩、巻いてください……」
「おう、いいぞ」
答えるが早いか、僕に近寄って来てセーターに手をかけた先輩に、僕はおとなしく身を任せた。
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