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番外編 クリスマスの優しい音

 季節外れですが、クリスマスの番外編を転載します。 **** 「寒っ」  冷たい北風がビルの間を吹き抜けていき、仕事を終えて外気に触れた俺は思わず躰が震えあがった。今日はクリスマス・イブか……でも家に戻っても丈は今、海外へ出張中でいないんだったな。  寂しい。  去年のクリスマスは何してたっけ? まだアメリカにいたな。向こうのクリスマスは華やかで家の周りもきらびやかな照明で輝いていたが、俺はひとりだった。だが大学から帰る道すがら、真新しい雪の絨毯をキュッと音を立てて歩くのが楽しくて少々浮かれていたんだ。  サクッサクッと音を立てる清らかな道。  雪あかりで辺りは仄かに白く光り輝いて見えた。  まだ何も変わることが出来ないでいた俺に、希望の光のようなものを感じさせる帰路を楽しんでいた。  それに引き換え今日は雪も降っていないし、街のイルミネーションはどこか仰々しく虚しい。バイクで戻ると灯りの消えたテラスハウスに、丈が不在であることを実感する。もし丈がいたら、今日みたいな日は一緒に何をしていたか。 あいつのことだから、きっとクリスマスケーキなんか焼いてそうだな。  丈のことを考えると少しだけ心が明るくなるが、目の前にいないことに寂しさを感じる。  俺は丈に頼りすぎている。これは駄目だ。俺は男だろ、こんな考え変だ。  春に丈に抱かれてから小さなすれ違いは多々あったけれども、関係は上手くいっているのに、何でこんなに寂しく不安に思うのだろう。しかし今日は寒すぎる……寒さで鼻の奥がツンとしてきた。  ふと窓の外を見ると雪がちらついていた。 「道理で寒いはずだ、こんな日に限ってホワイトクリスマスだなんて皮肉だな。丈に抱かれて初めて一緒に迎えるクリスマス……一緒に過ごしたかったよ。肩を並べてこの舞い降りてくる雪を見たかった。  俺は……こんなに一人は寂しかったか。  こんなに女々しい考え方をする人間だったか。  早々に冷たいベッドに潜りこみ、ぎゅっと目を瞑るがなかなか寝付けない。こんなこと考えて馬鹿だと思いつつ、心が寒くて温かさを求めて丈との日々を思い出してしまう。  俺の躰を骨ばった男らしい手で隅々まで愛撫してもらい、汗ばんだ丈の雄っぽい視線を浴びながら、きつく抱かれるのが好きだ。  腕の中は強がっていた俺が甘えられる場所だから。  丈の深い口づけ、甘い吐息を思い出しながら自分の渇いた唇を指でなぞってみる。  早く触って欲しい。  俺にもっと触れて欲しい。  丈、早く帰って来い。    明け方目覚めると、カーテン越しに窓の外が白く輝いているに気が付いた。どうやらあれから雪が降り続け、かなり積もったようだ。  世界が白く清らかに輝いて見えるだろう。  あの幼い頃待ち遠しかった雪景色を、今日は楽しめそうだ。  そんなことを考えながら降り続ける雪の音を聴きたくて耳を澄ましていた。すると遠くから近づいてくる雪を踏みしめる足音が、家の前でピタリと止まった。  聞きなれたあの優しい足音。  まさか!  慌てて飛び起きて裸足のまま玄関へ向かうと同時にドアが開いた。 「丈!」  グレーのウールのコートに散らつく雪を纏い、黒いカシミアのマフラーを巻いた丈が立ってた。 「なんで? 夜の便だったはずだ」 「ふっ良く管理してるな。私のスケジュールを」 「だって……」 「ただいま洋」 「うっ……」  まただ、また鼻の奥がツンとしてくる。泣くものか!少し会えなかったからって女々しい。  そう思うのに……目の奥がじわっと熱くなり、頬に暖かいものが流れ落ちていく。 「洋……」  丈はそれ以上は何も言わずに俺を包み込んでくれる。そっと丈の背中に腕を回すとコートについた雪が触れて冷たいが、心はどんどん暖かくなっていく。 「仕事が早く終わったから朝の便にしたんだよ。洋……君と初めてのクリスマスを過ごしたくてね」 「それって……俺にとって最高の贈り物だ」 「また一人で泣いてたのか。今……泣いてるのか」  そっと降り注ぐ優しい口づけに、ひんやりとした朝の空気を感じた。 「おはよう……そしてお帰りなさい。待っていたよ。丈のこと」  いつもより素直な気持ちでこんな甘い言葉を口に出来るのは、クリスマスの朝だからなのか。せき止めることを忘れたように、涙がぽろぽろと零れ落ち丈のコートを濡らしていく。  それは悲しみの涙じゃなく、嬉しさの涙だった。 「丈……メリークリスマス」 「洋……愛してるよ」

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