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番外編 新しい一年が始まる 3
「新しい年に乾杯!」
丈とワイングラスを鳴らし新年の幕開けを祝った。二人きりのテラスハウスにその音が綺麗に鳴り響いた。
そういえばちょうど一年前、新年の朝、日本に戻りたいことを願い出た。そのことに対して父から猛反対され喧嘩になってしまって、あまりいい思い出ではない。
アメリカでは五年以上過ごした。だが、どうしても生活に学校に馴染めなくて、日本へ戻りたい。そんな気持ちが日に日に募ってしまった。
****
俺の本当の父親は小学生の頃交通事故で死んでしまったので、今の義父は母の再婚相手だ。
義父は母が亡くなってから変わってしまった。
母親によく似ている俺のことを見ると、亡くなった母を思い出すのか苦し気な表情をし、時には俺のことを憎むような眼で見るようになった。
俺はそんな義父の気持ちも分かるから何も言えなかった。
最近は特に俺の向こうに母の面影を探す義父の視線は、何かぞくりとする怖いものがあった。特に酔っている時は最悪だった。母と呼び間違えたり躰を執拗に触られたりした。
父親なのに……何故か怖いと思っていた。
「夕、ゆう……どこだ? 」
「父さん? お母さんはもういないんだよ」
「何言ってるんだ? ここにいるじゃないか」
「違う! 俺はあなたの息子の洋だ」
「いや、お前はゆうだろう。こっちへ来てくれ。さぁ」
そんな風に扱ってくる義父のゆらゆらと揺れる眼が怖く、距離を置きたくなった。
大学でも結局はこの女みたいな顔のせいで、冷やかされたりちょっかいだされたり、自分の身を自分で守ることで精一杯で友達なんて出来なかった。そんな目に遭っていることを相談なんて出来るはずもなかった。いつも慰めてくれた母はもういない。
(洋……どうしたの嫌なことあったの? さぁ話してみて)
細い指で頭を撫でてくれた母はもういない。俺が十三歳の時に闘病の末、亡くなってしまったから…
いつもひとりの俺。
ひとりで過ごす時間の方がずっとずっと長かったよ。でもその方が楽だとさえ思ったよ。
不思議と寂しさが募っても、心の奥底になにかこれから出逢う希望の光のようなものがあることを知っていた。
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頭の中であれこれ考え巡らせていると、丈が心配して顔を覗き込んできた。
「どうした?」
「あっいや、なんでもないよ」
「ちゃんと話せ」
「んっ……」
丈は俺の些細な感情の起伏を敏感に感じ取ってくれる。
「俺……寂しかった。ずっと一人で」
「あぁ」
「こんな風に想い合う人と迎える新年なんて慣れてない、初めてだから……」
「いやか?」
「違う。幸せすぎて……」
「幸せでいいんだよ。洋にはそうなってほしい」
「幸せすぎて怖いんだ」
「どうして怯える?」
母のこと。
父のこと。
アメリカでの孤独な日々。
いろんなことを思い出すとどんどん悲しい気持ちが溢れだして来てしまう。
「泣いてるのか」
「違う!」
「こっちにおいで。温めてやるから」
「俺慣れてない。こんなの。こんな風に優しく気遣われるのに……うっ……」
泣くものか! 男なのに女々しい!
そう思うのにまた涙は込み上げてくる。そんな自分が嫌でしょうがないのに、こんな俺を丈は抱きしめてくれるんだ。
「洋、今年もよろしくな。これからもずっと一緒にいよう。私も心から想い合う人と過ごす新年は初めてだ」
「丈も?」
「あぁ」
「ふふっ丈はモテるのに……そんなことないだろっ」
「洋……こんなにも人に溺れたのは初めてだ。私はあまり人に興味が持てなかった。自分がおかしいのではと思うほどにな。でも洋は違ったんだよ。ずっとこんな風に想いあえる人を探していたのかもしれない。ずっと心は彷徨っていたんだ。だから洋をこうやって抱きしめると、何かずっと昔から探していた大切なものを抱きしめているような気持ちになるんだ」
「俺もだよ。抱いて……もっときつく。俺が零れ落ちないように」
俺は丈に抱かれたまま部屋に移動する。
いつもなら恥ずかしくて、じたばたと暴れる所だが、今日は丈の胸が心地良すぎて涙がまた込み上げてくる。
ベッドにそっと降ろされると、丈が俺の上に重なり抱きしめてくれる。
心地良い。
もっときつく抱いて…
俺のこと抱きしめて…
そう思っていると、丈が男らしくぞくっとする微笑みを浮かべ耳元で囁いてくれる。
「洋……Happy new year……もう泣くな」
◇
志生帆 海です。
今回の番外編で少しずつ洋の過去や家の状況が明らかになってきました。
洋のアメリカでの日々や父との確執、母との別れなど、いろいろゆっくり書いて行きます。いつもありがとうございます。
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