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※安志編※ 面影 11

「俺は、洋を見ていると、いつも切なくて哀しくなった」  こんな不思議な出会いがあるのかと驚いていると、横に座っていた安志さんもそう呟いた。同じだ、僕も子供心にそう思っていた。 「僕もそう感じたよ。洋兄さんは十歳も年上なのに守ってあげたくなるような、そんな雰囲気を漂わせていて」 「あぁその通りだ。洋らしいな。アメリカでの洋の生活……俺は何一つ知らなかったから、まさか従弟と巡り会っていたなんて。本当に驚いたよ。なぁ涼、洋と最後に会ったのはいつだ?」 「うん、それはよく覚えているよ」 「そうなのか。それはいつだ?」 「あの日は六年程前になるかな。洋兄さんはその日、殴られた顔の痣を隠すように人目を避けていた。いつもよろずっと哀し気だった洋兄さんと、僕は少し深い話をしたんだ」 「どんな話を?」 「……」 「俺には……話せない?」 「どうかな。洋兄さんは、こんなこと幼馴染の安志さんに知られるのを望んでいないかもしれなくて」  この先は、男にとって非常にデリケートな話になるので、安志さんにストレートに話すのが躊躇われた。だが安志さんは僕の言わんとすることを察したらしい。 「大丈夫だ。洋はあの通り……えらく綺麗な顔だ。よく男に言い寄られたり襲われそうになっていただろう。日本にいる時そうだった。やはり、その……アメリカでもそういうことがあったのか」  そうか……知っているのか……そんなことまで。なんとなく安志さんと洋兄さんはただの幼馴染ではないような予感がしてくる。同時に胸の奥がチリチリとしてくる。 「その通りだよ」 **** 「よかった!洋兄さん、また会えた!久しぶりに会えてうれしいよ。僕はもう中学生になるよ。背もこんなに伸びたよ」 「……涼くんか……久しぶりだね」  お兄さんが目深に被っていた帽子を躊躇いがちに取ると、頬に痛々しい青痣ができていた。繊細なお兄さんの顔に、青痣が異様に目立っていた。 「おっお兄さんここどうしたの? 誰かと喧嘩したの?」  僕は恐る恐る手を伸ばして痣に触れてみると、お兄さんの肌は、白くきめ細かくてすべすべしていた。 「ふっ……」  お兄さんはその長い睫毛を伏せて、寂しそうな笑顔を浮かべ僕の手を握ってくれた。 「涼くんの顔、本当に俺と似ているね」 「そうだね。僕もあと十年経てばお兄さんみたいに綺麗になれるのかな? 」 「綺麗……か…」 「うん、あっごめんなさい。こんなこと男の人に言うのおかしい? 」  急に自分が言ったことが恥ずかしくなり、ちらっとお兄さんの様子を伺った。お兄さんは無言で首を横に振ってくれた。 「大丈夫だよ。でも涼くんもあと数年経てば……もしかしたら」  そういった途端、お兄さんは眉根を寄せ、顔を曇らせた。 「何? 洋兄さん、今、何か言いかけたよね? 」 「んっ……涼くんは何かスポーツとかやっている?」 「僕は運動が大好きだよ! 走るのが得意。いつもリレーの選手だよ!」  無邪気に答えると、洋兄さんはやっと明るく、クスっと笑ってくれた。 「確かに君は運動が得意そうだね。それじゃこれからは自分の身は自分で守れるように護身術を習って欲しいな」 「護身術?」 「そう……例えば見ず知らずの人とかに無理矢理に襲われた時に逃げる術を身につけておくといいよ」 「洋兄さん、その頬の痣はもしかして……」  そう言いかけた途端、ふいっと横を向いて話を逸らされてしまった。僕ももうすぐ中学生という段階で、少しずつ大人の世界のことも理解し始めていた。まして洋兄さんは帽子を取った途端、すれ違う人の目を虜にしてしまう。男の人も女の人も皆……洋兄さんの端麗な容姿に釘付けになっているのが分かった。口笛を吹いていったり、あからさまにデートに誘ったり、挙句には洋兄さんの華奢な躰を触ったり、陰湿なものを呼び寄せてしまうほど、洋兄さんは綺麗なんだ。  心配なほど綺麗な僕の従兄のお兄さん。心配だよ……そして大好だ。 「涼くん、俺……もうすぐ日本に帰るんだ。日本で就職することにしたから。だからもうこの船に乗っても会えなくなる」 「そんなっ、僕は洋兄さんと別れたくない!」 「……いつか日本においで。涼くんのこと待っているよ」 「何処に行けばいいの? どうやったらまた会えるの? 僕は」  もう会えないと思うと悲しくて次から次へと涙が溢れ、僕は大泣きしてしまった。そんな僕をお兄さんはふんわりと抱きしめて肩をトントンと優しく叩き、なだめてくれた。 「涼くん、ありがとう、俺……嬉しいよ。君はまるで弟みたいに可愛い。だから自分を大切にして欲しい。俺と関わると涼くんのお母さんにもきっと迷惑がかかるから、もう会わない。でもいつか涼くんが日本に来たら、その時はきっと会える気がする。俺と君は従弟同士だから、きっと強い縁でもう一度会えるよ。君がもっと大人になったらまた会おう」 「絶対、約束だよ。僕、強くなる。洋兄さんを守れるくらい強くなってみせるから」 「ふふっ頼もしいな。楽しみにしているよ……涼くん」 「約束だよ。きっとだよ……グスっ」  再び僕は洋兄さんの胸の中で、わんわんと小さな子供みたいに泣いてしまった。  洋兄さんは幼い僕でさえ感じる程、儚げで頼りない。僕は日本へ一人帰国するお兄さんの行く末が心配で堪らなかった。  十歳も年上の従兄なのに──

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