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※安志編※ 面影 14

 日陰の土の湿った匂いのする大地。爽やかな初夏の風が、木立の間を吹き抜けていく。  涼の栗毛色の髪の毛は、風にそよそよと揺れ、長めの前髪から見え隠れする澄んだ眼差しは少し潤んでいる。  ふたりの間にはもう隠すことはない。洋が好きだったこともきちんと話せた。ほっとした気持ちと自分が新しいスタートを切る気持ちが交差していく。  俺は涼と公園の大木の幹に隠れるようにして、向かい合って立っている。  俺がその細い顎を掬いあげると、涼は俺のことを真っすぐ見上げ、それから長い睫毛を小さく震わせながらそっと目を閉じた。  洋と別れる時の哀しみで濡れた口づけを一瞬思い出す。だが今は嬉し涙が出そうだ。そっと顔を近づけて唇を重ねてみると、涼の形の良い唇はふっくらと温かい。角度を変えて啄むようにちゅっちゅっと口づけを落としていく。  涼はこんなこと初めてなのだろう。慣れたふりして強がっているのだ。緊張して歯がカタカタと震えているのが愛おしい。 「ふっ……涼、ファーストキスなのか? ちゃんと心を込めてするの……初めてなのか? 」 「んっ……そっそんなことない」 「ふふっわかるよ、それなら嬉しい」  そっと舌先で涼の唇をノックし、薄く開かせた隙間から潜り込んでいく。涼の口腔を俺の舌で丁寧に舐め、逃げていく舌に絡める。 「あっ……んっ……」  熱を帯びて来たのだろう。涼が時々小さな声をあげて喉の奥から色っぽい声を出して鳴く。その小さな声に反応した俺は、下半身が熱くなり、思わず噛みつくような深いキスを涼にしてしまった。 「あっ……」  まだ十七歳の涼にいきなりやり過ぎたか。一度口づけを離し、涼の顔色を確かめてみる。 「涼……俺のこと好きって言ってくれたけれども、俺の好きは、こういうことも、この先もってことなんだよ。本当に大丈夫なのか」 「うん……こういうことだって知ってる」 「ふっ口だけは達者だな。こんなに震えているのに」 「あっ」  しまったというような苦い顔を一瞬浮かべ、涼は震える躰を自分で抱きしめ落ちつかせようとしている。そんないじらしい涼を俺はふわっと優しく包むように抱きしめ、背中を優しくさすってやる。 「無理しなくてもいい。ゆっくりでいい……さぁそろそろ帰ろう」 「えっ……嫌だ!」 「何言って……?」 「だって安志さん明日いなくなっちゃうから」 「可愛いこと言うんだな。日本で待ってるよ。あと一ヶ月もしないうちに会えるのだろう。心配しなくても、俺は変わらず涼を待っているよ」 「約束だよ」 「あぁゆっくりでいいんだ。一度に全部手に入れたらつまらないだろう? 」 「安志さんありがとう! 凄く大人のキスだった……その……素敵だった」  ほっと安堵の表情を浮かべた涼が清々しい香りを纏いながら、ふわっと俺に抱き付いてくれる。 「おいおい、まだまだこんなもんじゃないよ」 「えっ! そ、そうなの? 」  赤面し、しどろもどろになっていく涼が、可愛らしくて思わず目を細めてしまう。俺と対等に付き合おうと背伸びしている涼の、時々見せる年相応の幼い仕草が、なんともツボにはまる。  あー俺、大丈夫か。  我慢できるだろうか。 「さぁ帰るぞ」 「うっ……うん」  俺と涼、十歳も歳の差はあるが、心はぴったりと寄り添っている。そんなことを想うと心がぽかぽかと温かくなっていく。 「一緒に帰ろう」  握りしめた涼の手は滑らかで若々しく、しっとりしていた。  俺たちはゆっくりとセントラル・パークを後にした。  二人が並ぶ影が夕日にあたり長く伸び、影は楽しそうに揺れ、重なったりしながら、何処までもついてくる。  ニューヨークでの生活もおしまいだ。そして涼との日々が日本でもうすぐ始まる。幸せな予感だけが、俺を占めている。  今まで我慢してきた、悲しいことや辛いことがすべて帳消しになるほど、今俺は幸せで満ちている。  それは涼のおかげだ。俺のことを一途に慕ってくれる涼のおかげだ。 ※安志編※面影 了 **** 明日以降は第4章に入ります♪ 安志の日本編はまた後日!

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