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リスタート 6

「お客様、ルームサービスでございます」  ドアの向こうから声がした。そうか……すっかり失念していたな。夕食のルームサービスを朝の時点で予約しておいたのだった。私としたことが帰宅した洋が胸に飛び込んでくれたのが嬉しくて、そのことがすっかり抜け落ちていたようだ。 「洋、少しここで待っていろ」  緊張した面持ちの洋は、こくりと頷いて、はだけたバスローブを整え、顔が見えないように布団を目深に被った。その仕草がずいぶんとあどけなく幼く見えて、思わず微笑んでしまった。 「どうぞ」 「お待たせいたしました、張矢様」  ドアを開けると私と同じ位の背丈で、なかなかの美男子のルームサービス係がにっこりと微笑んで立っていた。  流暢な日本語を話すな。流石このホテルは一流なだけあって従業員の教育も行き届いている。 「お部屋の中に、セッテッィングしてもよろしいでしょうか」  ルームサービス係の青年は、ちらりとベッドに目をやってから尋ねた。  洋が嫌がるからこのまま受け取って帰らせようと思ったが、せっかく今日は再出発を記念してスパークリングワインまで頼んでいたので、お願いすることにした。  まぁここは一流ホテルなので客のプライバシーはしっかり守ってくれるだろう。そう気に病むことはないだろう。 「あぁ頼む」 「では失礼いたします」  ワゴンを押しながらルームサービス係は部屋の奥のテーブルへと進んだので、私はベッドに腰かけて配置の様子を眺めることにした。すぐ横で洋は恥ずかしそうに布団にすっぽり包まってじっとしている。少しだけ躰が震えているのが布越しに伝わってくる。  私は落ち着くように布団の上から、洋の背中を優しく撫でてやる。傍から見れば、この布団に包まっているのは当然女だと思うのだろう。  ルームサービス係はテキパキとテーブルに白いクロスを敷いてカトラリーを並べ、前菜から綺麗に並べていった。よく洗練された動きだ。  私がじっと見つめていることに気が付いたのか、青年が少しだけ頬を染めたように見えたのは気のせいか? 「あの……ワインはもう空けてもよろしいでしょうか?それとも」  ちらりと青年はベッドに横たわる洋を見つめながら尋ねた。相手が起きてからにするかと問いたいのだろう。 「いや、いい。自分でやるから」 「かしこまりました。では張矢様、こちらにサインをお願いします」 「君はずいぶんと日本語が上手なんだな」 「ありがとうございます。まだまだですが、当ホテルにて日本語のサービスをご利用の場合、微力ですがお手伝いさせていただきます。これは私の名刺です」 「ありがとう。Kaiという名か」 「はいそうです。それではごゆっくりお過ごしくださいませ」  礼儀正しく一礼した後、彼は静かに去って行った。  ドアが閉まった途端、洋がむくりと上半身を起こし不安げに見つめてくる。 「洋、先に食事にしようか」 「……いらない」 「何を怒っている?」 「ルームサービスの人と随分親し気に話していたな」  不満気に呟く洋に思わず笑ってしまった。 「馬鹿だな。妬いたのか。そんなことより私は食事は後にして、先に洋を食べたいが」 「またっ!丈はそんな言い方して、恥ずかしくないのか」 「本気だよ……洋。おいで」  落ち着かせてやろうと洋の背中に手を回すと、まだ小刻みに震えていることに気が付いた。 「どうした?何故震えている?」 「丈……俺、本当は……さっき怖かった」 「何が?」 「急にチャイムが鳴ったのが……あの日、俺は空港へ行く準備をしていた。そうしたら……うっ……急にチャイムが鳴って心臓が止まるかと思ったよ。そしてすぐに義父さんが入ってきて……それで無理矢理ベッドに……でも逃げて……そしたら……首を……本気で殺されるかと思った……怖かった」  あぁ洋は思い出してしまったのか。  あの日のことを。あの恐怖を。  震える洋の細い上半身をきつく抱きしめ耳元で囁いてやる。 「大丈夫だ。もう来ない。私がいるから……何も起こらない。心配するな」 「あぁ……そうだよな。俺には……丈がいる」  縋るように確かめるように見つめ返してくる洋が愛おしい。  守ってやりたい。  その気持ちを込めて、もう一度洋に熱い情熱を込めた口づけをしてやる。 「洋、続きをしよう」  再び洋の白いバスローブの襟元に手を掛けた。

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