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邂逅 9

 『……逝きたくない……』  その悲痛な叫びに導かれるように、俺はどんどん湖の深い所へ潜って言った。心だけかと思ったが、今は躰も一緒についてきたような感覚になっている。  辿り着いた青く深い湖の底は、静寂に包まれていた。  音のない世界。  光の届かない世界。  それなのにその真っ白なサンゴ礁のような湖底に、純白の着物を身に着けた一人の青年が倒れているのが、白く輝いて見えた。 「俺を呼んだのは君か」  俺はそのまま湖底に足をつき、俯せで倒れている青年の安否を確かめようと抱き寄せた。顔にかかる髪をそっとよけ息を確かめた。 「あっ!」  その瞬間、心臓が止まるかと思った。だって、その青年の顔は……  その青年は、俺だった。 「ゴホッ」  青年は息も絶え絶えに苦しそうに顔を歪め、首に手をやり酸素を求めている。  躊躇わなかった。  俺は俺に酸素を分けてやった。  口移しで少しづつ。  だって助けなくてはならない。  これは俺だから。  唇を合わせた状態で彼は意識を取り戻した。驚きで見開いた眼は、真っすぐに俺を捕らえた。俺と同じ顔はしているが俺よりさらに線が細い……儚げな青年。  一体君は誰?  その時、俺の心に彼の心が届いた。 「生きたい……」という切なる願い。  助けたい。  助かりたい。  俺は無言で頷き彼の細い腰を抱きしめ、湖面へと泳ぎ出す。  地上へ地上へと。  この湖の上は一体どこに繋がっているのか分からない。それでも湖底に沈む彼を救いたかった。  ガバッ──  湖面に顔を出すことができ、俺もハフハフと深呼吸した。そしてそのまま意識が朦朧としている彼を抱え湖岸に這い上がった。  地上はまるで水の中のようにひどい雨が降り注いでいて、その雨に打たれるように二人してそのままその場へ倒れ込んだ。  助けられたのか。  俺は俺を。  その時躰を急激に揺さぶられた。 「おいっ洋! しっかりしろ! 起きろ!」  kaiの必死な声によって急激に俺の心は俺の躰に呼び戻された。酷い頭痛に顔を歪めながら目を開けると、kaiが心配そうに覗き込んでいた。 「あっ……kai」  咄嗟に自分の躰に触れると体温を感じた。躰も濡れていない? 一体今のは何だったのか。 「大丈夫か。眠いって言いながら、意識を飛ばしていたぞ? 」 「雨は? 」  車の窓の外を見ると、まだ豪雨が続いてた。さっきの彼は何処に行ったんだ? 「もしかして……あの湖って」 「何? 」  先ほどの湖岸の景色に見覚えがあった。俺はその瞬間、彼はあの湖にいるという確信を持った。 「急いで車を戻してくれ! 俺の家の近くに湖があるから、すぐにそこへ連れて行ってくれ!」 「えっ一体なんだよ? 」 「分からない。何がなんだか……でも助けなくてはならない人がそこいるから、急いで! 早くしないと死んでしまう! 」 「洋、分かった。道案内しろっ」  間に合うだろうか。  彼の躰は冷え切っていた。  溺れてからどのくらい水を飲んでしまったのか。  一刻も早く応急処置をしなくては。  震える手で携帯を握り、丈に連絡する。 「丈っ」 「どうした? 」 「今すぐ昨日行った湖へ駆けつけてくれ。そして家から応急処置できる道具を持って!お願いだから急いで! 」 「何?」 「いいから早く! 行けば分かる! 俺とkaiもすぐに駆け付けるから! 」 「分かった。湖で会おう」  どうか間にあってくれ!  彼は過去の俺だ。  俺には分かる。  死なすわけにいかない。 (逝きたくない) (生きたい)  そう願う彼の心を確かに受け取ったから……

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