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邂逅 11
「kaiっ急いで! 彼、凄く冷たい」
丈が青年を横抱きにして、俺達の家へ急いで運び込む。外はまだ酷い雨が降り続いていて、逆さ虹が出る気配はない。
「洋、どこに寝かす? 」
「俺の部屋にっ」
とりあえず俺のベッドに横たわらせた。ベッドにそっと降ろされた彼の意識はまだはっきりと戻っていない。
「洋、温かい蒸しタオルを何枚か持て来てくれ」
「分かった! kaiも手伝ってくれ」
「おっおう! っていうか洋、あいつ一体何者だ? 俺の見間違えじゃなければ洋に瓜二つなんだが……双子の片割れってわけでもないよな? 」
「俺は一人っ子だよ。信じられないかもしれないけど、さっき俺が車の中で意識を飛ばしている時に出逢った人だ。彼が湖で溺れているところを助けてやって……」
「えっ!」
「詳しいことは後で考えよう!まずは彼の治療をしよう!」
「そうだな」
kaiが驚くのも無理ない。だって俺だって理解できないよ、こんな現実。さっき俺が見た夢が現実になって現れるなんて……
でも放って置けるはずないじゃないか。彼の顔を見てしまったから。鏡を見ているのかと思った。それほど似ている顔だった。
しかし彼は一体誰だ?
「丈、蒸しタオル持ってきた」
「ありがとう。彼の躰を温めてやってくれ」
「了解!」
そっと彼を包んでいた毛布をはがしていくと、真っ白な真珠のような美しい躰が現れた。今は血の気もなく青ざめているが、これで血行を取り戻したら一体どんな風に輝くのか。溜息が出るほど高貴な雰囲気を漂わせている。
彼はとても近衛隊長をしていたヨウ将軍とは思えない。
剣など持ったこともないであろう白くほっそりとした長い指先。手も足もほっそりとたおやかで、ろくに歩いていないかのように筋肉もほとんど付いていない。
気になったのは手首についた跡。何度も何度も同じ場所を傷つけられたのであろう……消えない傷となって残っていた。それは彼の清らかな躰とひどく不釣り合いだった。
一体彼は何者だろう。そしてどこからやってきたのか。
「見れば見るほど洋にそっくりだな。彼は一体……」
丈が彼の躰を拭きながら、ため息に交じりに呟いた。
「彼は……もしかしたら……」
「丈? 何か知っているのか」
「昨日湖の前に立ってから妙な胸騒ぎがしたんだ。どうやら私は彼を知っているようだ。洋にヨウ将軍の記憶が色濃くあるように、私の中にも過去の記憶がとうとう目覚めたようだ」
「それじゃ、やっぱりヨウ将軍とジョウではない記憶もあるのだな」
「そうなんだ。湖で彼を失って泣いていた私……先ほどそんな光景がいきなり目の前に現れて」
「おい丈、洋! 俺にはとにかくさっぱり分からないが、この青年も過去からのメッセージの人なんだな。複雑に絡み合っている糸が、これからほどけて行くのかもしれないな」
kaiも妙に納得したような態度を示していた。
「洋、ちょっとそのまま拭いていてくれ。彼の躰にはよく見たら細かい怪我がある。救急箱を取ってくるから」
「うん」
本当だ。じっと覗き込むと足の裏がまるで裸足で外を歩いたかのように皮が少しめくれ、血が滲んでいる。湖底でぶつけたのか、躰にもすり傷がある。
その時、彼が瞬きをした。
「んっ……」
静かに目覚め、ぼんやりと周りを見ている。
「あっ君……気が付いた?」
「えっ!」
それは驚くだろう。鏡を見ているかのような顔がいきなり現れたら。酷く驚いた表情を浮かべながら、彼がおずおずと問う。
「き……君は誰?」
怯えたように身を縮めて警戒している。
「んー難しいな。俺は君でもあって、君は俺でもあるのか。君が生きている世界のずっとずっと先の時代を生きている君だよ」
「君は俺……?」
キョトンとした表情で固まってしまった。それからはっと思い出したような顔をして、あたりをキョロキョロと見回した。
「誰か探してるの?」
「あっ……丈の中将は……どこ? 俺を助けてくれた」
「じょ? 丈の中将……?」
ええええ!中将って、言うと平安時代かなんかの言葉に聴こえるが。まさか……まさかだよな。
「気が付いたのか?」
その時、タイミングよく丈が戻って来た。途端に彼の表情が緩んだ。
「丈の中将が俺を助けてくれたのか」
「丈の中将?」
丈も不審に思って、俺の顔を見てくる。
「違うのか……丈の中将じゃないのか……君は」
彼は今にも泣きそうな顔になってしまった。
「……少し話そうか」
丈は優しくそっと彼のベッドの傍らに腰かけて、彼の細く白い手を握った。手を握られると彼は少し頬を染めコクリと素直に頷いた。
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とうとう別連載中の『月夜の湖』の洋月の君が現代の丈と洋のもとにタイムスリップしてきました。『月夜の湖』の「月夜に沈む想い」を読んでいただくと、お話しがつながるようになっています。いつも読んで下さってありがとうございます♪
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