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時を動かす 1

 あれからすぐに年若き王への化学療法治療が始まった。  病室には赤い髪の女が泊まり込みで付き添ってくれているし、丈も特別医療チームを組んで万全の体制で診てくれているから安心だ。彼の治療は二人に任せ、俺は語学学校へ通いながら家では「洋月」の相手をしていた。それにしても一体どんな貴族のお坊ちゃんなのか、日常的なことが全く出来ないので少し厄介だ。  まぁ……でも、それもそうだよな。  日本の平安時代と現代なんだから、しょうがない。千年も前の世界の人間なのに、このギャップによく狂わないで対応していると思う。一見か弱そうに見えて、実は肝が据わった人なのかもしれないな。  彼も頑張っているから俺も頑張らないと。  そういう勇気をもらっている。 **** ートントンー 「どうぞ」  俺の部屋は、あのまま洋月に使ってもらっている。洋服に慣れない彼は、せっかくいろいろ服を貸してあげたのに、いつも最初に身に着けていた白い小袖姿になってしまう。案の定、今日もまたあの白い小袖を着て椅子に腰かけていた。 「お帰りさない」 「洋月、またその恰好なのか」 「すまない。やっぱりその……君たちの世界の服は恥ずかしくて……妙にぴったりとしているし」 「まったく」  そんな彼がチラチラと机の上を見ていた。 「んっ? 何か気になることでもあった? 」 「洋……この薄くて固い金属は何? 」  彼が指さすものは、俺のノートパソコンだった。 「これ? あぁこれはノートパソコンっていうんだ」 「のーとぱそこん?」 「ふふっ、そうだよ。これさえあればなんでも調べられるし、物を買ったりも出来るよ。そうだ! 君に浴衣を買ってやるよ。とにかくそれ一着だと可哀想だから」 「……ゆ、か、た?」  小首を傾げてぽかんとしている洋月は、自分の前世だと分かっているが、可愛いもんだ。弟のような気持で、俺の心をぽかぽかと温かくしてくれる存在だ。洋月が弟ならきっとヨウは兄だろうな。そんなありえない三兄弟の想像なんてしてしまう自分が可笑しい。  俺は机に座りPCで『浴衣』を検索してみた。大きなショッピングモールでは海外発送もしてくれるから大丈夫なはずだ。早く洋月を喜ばしてやりたい。 「いっぱいあるな。ほら、どんな柄がいい?」 「えっ」  目を丸くして画面に見入っている様子が、本当に可愛くてしょうがない。 「……そうだね、これがいい」  彼が迷わず指さしたのは、十字模様×白地 のシンプルな男物の浴衣だった。 「似合いそうだな」 「……こういう淡い色を、丈の中将が好きだったから」  頬を染めて懐かしそうに呟いていた。  彼はどういう経緯で丈の中将と結ばれたのだろう。  そして囚われていたというが、一体誰に捕まっていたのだろう。  俺は肝心なことが怖くて、まだ聞けないでいた。  でも話さなくとも、心で分かることがある。  俺が無理矢理、義父に抱かれてしまったのと同じようなことが、彼の身にも降りかかったであろうこと。  俺達は同じだ。  運命共同体とでもいうのか。    同じ運命を辿って、今ここで出逢った気がするのは何故だろう。 「いいよ。注文してあげるから、丈の中将に再会する時、これを着て行くといいよ」 「本当に? 」  ぱっと彼の表情が明るくなる。その表情を見ていると彼を早く元の場所へ帰してやりたくなるのに、その術がいまだ掴めていない自分のことがもどかしくなる。ヨウ将軍の手紙を何度も読み返したが、ヒントになりそうなのは月輪のネックレスのみだ。試しに丈と俺の月輪を重ねてみたりしたが、何も起こらなかった。  一体いつどうやったら、もう一度天門が開くのか。  一体いつになったら君を会いたい人の所へ帰してやることが出来るのか。  解けない謎がもどかしく…焦ってしまう。 「さてと注文完了!」  注文完了の画面が出たのでノートパソコンを閉じようと思ったが、ついでにニュースでも見てみようと、日本のWEBページを何気なく開いた。いつまた戻れるか分からないが日本は俺と丈が生まれ育った大切な母国だ。せめてニュース位はチェックしてもいいだろう。 「えっ……なんだって!」  ところが……何気なく見た最近の海外ニュースの見出しに、見慣れた名前を見つけてしまったんだ。 「なんてことだ! 丈……俺はどうしたらいい? 」  まさかそこに驚くべきことがあるとは露ほども思っていなかった。  運命はどこまでも俺に悪戯を仕掛けてくるのか──

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