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時を動かす 12
「どうか目を覚ましてください」
「覚まして欲しい」
「このまま逝かないで」
呪文のように繰り返す言葉。俺の口から一度零れ落ちたら、もう止まらない。涙の滴と共に、父に静かに降り注いでいった。
それでも、なんの反応も見せない父の手を握りしめ、その手をさすって願いを込める。
確かに……父さんが俺にしたことは、消えない。許せない。でもすぐでなくてもいつか……許せたらいい。そう葛藤しているのは真実です。
父さん……このまま逝ってしまったら俺、何もできないよ。いつか許すこともできないじゃないか。お願いだから、目を覚まして!
俺の事を、あんな風に気にかけてくれていたなんて知らなかった。俺はずっと拒否し続けていたのに……Kentに聞かなかったら永遠に気づけなかった。そんなKentをあなたは命がけで守ってくれたのですね。
縁は続いている。
まだ切れていない。
父さん……決して死んで欲しい憎む程、嫌いではない。
ごめん。好きとはまだ言えないけれども。
死んで欲しくない。
生きていて欲しい。
父さんの手の甲に、親子の愛情を込めて、静かな心で口づけをした。
涙の雨と共に。
ピクっ
その時だった、父の指先が少し動いたのは。
「父さん?」
ピクっ
今度は固く閉じられていた睫毛が微かに揺れた。
「父さん! 気が付いたの?」
確実に意識が戻って来ている!
「すいません! 父が! 」
俺は慌てて看護師さんを呼んだ。
「どうしました? 」
「意識が戻って来ているみたいなんです」
「本当ですか? 崔加さんっ! 分かりますか」
「意識が戻って来ていますね! 息子さんは少しカーテンの向こうで待っていていただけますか、処置をしますので」
「分かりました!あの……」
「はい? 」
「……父のことよろしくお願いします」
カーテンから抜け出ると心配そうなkaiとkentと目が合った。
「洋、大丈夫か」
「you、ありがとう。社長はどうだった? 中が騒がしいが」
「ありがとう。意識が戻りそうなんだ」
「本当か! 信じられないなっ! 洋、良かったな」
kaiがその温かい手を俺の肩に置いて微笑んでくれた。Kentは控えめに部屋の壁で俺達の様子を嬉しそうに温かく見守ってくれている。
ここに今集う俺達。
これもまたすべての縁があってのことなんだ。本当に生きていると不思議なことの繰り返しだな。
そのまま数時間待った。ようやく処置が終わったようで、看護師さんにもう一度中に呼ばれた。
「やっとしゃべれる状態になりました。息子さんを呼んでいますので中にどうぞ」
「行ってくるよ……しっかり話してくる」
カーテンを潜ると、父と眼が合った。もう……あの日の狂ったような眼ではなかった。幼い頃に俺を慈しんでくれていた時期のよくしていた眼を思い出した。
俺はずっと忘れていた。この眼を……
「……」
酸素マスクを外したばかりの掠れる声で、父が何か小さく囁いた。
「父さん? 」
「あれは……慈雨の……雨だった」
「慈雨……?」
「お前の涙だったんだな……すまない……ありがとう」
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