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時を動かす 19

 欲しい。躰の奥の疼く場所に楔を打って欲しいと、丈を求めてゆらゆらと揺れだしてしまう腰が恥ずかしい。  滅多に弱みを見せない丈が教えてくれた心の中……その不安な想いに俺はこの躰で応えたい。 「洋……欲しい、求めてもいいか」  そう言われて嬉しかった。ほっとした。まだ丈は俺を求めてくれると。 「待っていた……抱いて欲しい」  心の中の言葉を丁寧になぞるように口に出せば、丈が口元をふっと綻ばせた。そのまま、このベッドで抱かれると思ったのに起こされ、部屋の外へ連れて行かれる。 「洋……おいで」 「えっ一体どこへ? 」  今、俺の部屋は洋月に貸しているので、ここは客間だった。一体どこへ連れて行くつもりだ? 「あっそうだ、あのネックレスと欠片はどこだ? 」 「えっと……あの引き出しに」 「持っていこう」 「……うん? 」  丈が俺を連れて行った先は屋根裏部屋だった。まだ使う予定もなく荷物もなくがらんとした部屋。 「なぜ……ここに?」 「あの部屋の隣には洋月が寝ているし、それにこの部屋が一番よく夜空が見えるからな」  ドアを開ければ丸い天窓から月光がさしこみ、家具一つ置いていない部屋の剥き出しのフリーリングの中央が、まるでもう一つの月のように輝き、白く仄かな清らかな月光で満ちていた。 「洋は、ここに」 「あっ」  その光の中央に連れて来られると同時に、後ろからぎゅっと丈に抱きしめられた。そして丈の指が俺の顎から鎖骨をなぞり、そのまま着ていたパジャマの一番上のボタンから順番に外していく。じわじわと追い詰められるように、肌を露わにされていく。触れるか触れないかの距離で、俺の乳首の上を丈の男らしい指がかすめて行くので、その度に俺の乳首は勝手にじんじんとしてしまう。 「んっ……丈っ……そんなにゆっくりだと恥ずかしいよ」 「んっ? 何だ」  聴こえなかったようにわざと耳元でそのよく響く低い声で囁かれると、下半身が痺れてしまう。そして耳たぶを舐められると、ぶるっと躰が震え出してしまう。 「んっ……あっ」  全てのボタンを外されると、パジャマの上衣はストンと床に滑り落ちた。上半身が露わになると急に羞恥心が増し思わず俯いてしまった。すると丈はゆっくりと俺の首に月輪の皮紐を掛けてくれた。はっとして丈を見上げると穏やかな黒い瞳とぶつかった。続いて丈も首に片割れの月輪をかけ、俺を引き寄せ抱きしめた。  ふわりと丈の男らしい官能的な香りと共に、脳裏をかすめたのは過去の記憶だ。目を閉じれば浮かぶ光景があった。  遠い昔の武将姿の俺が薄暗い部屋の中でジョウと向き合い、抱き合っていた。  胸元にお互い光るのは月輪のネックレス。 「洋、この欠片を戻すよ」 「あぁ丈の手で」  欠片が今戻されていく。  その瞬間月輪は一層輝きを増し、あてはめた部分を呑み込むように一瞬動いたように見えた。 「眩しいっ! 」 「洋……これで元通りだ、月輪は自然に欠片を包み、滑らかな曲線を描いているよ」 「信じられない。本当だ。良かった……早くこうしたかった」 「洋が頑張ってアメリカに行ったお陰だな」 「丈……そんな。俺こそ……俺の我儘を聞いてくれて、ありがとう」 「我儘?」 「うん、丈を置いてアメリカに行って一人で全部決めてしまった。丈が納得しないかもと思ったのに、それで俺怖かったんだ、さっき丈を怒らせたかも、丈がいなくなってしまうかもって……」  心の声は俺の涙腺を崩壊するようだ。話している途中から、また涙が滲みだしてしまう。 「洋……そんなに泣いて……可愛いな。そんなこといちいち心配するな。そんなことで洋を捨てるはずないじゃないか。私こそ悪かった。この月輪を見て洋の行いはすべて意味があったことが分かったよ。洋、ありがとう」 「丈……好きなんだ。おかしいくらい俺、丈のことを求めている」  もう飾る言葉なんていらない。言葉を隠さない。俺の心の言葉を素直に丈に伝えるだけ。  二人がきつく抱き合えば、 その時二つの月輪がぶつかる清らかな澄んだ音がした。 それは、俺達が再び抱き合う合図の様に厳かに響いた。  歴史は繰り返す──  今、重なる二つの月は、まるで夜空に浮かぶ月のように、二人の胸を白く暖かく灯している。かつてジョウとヨウがそうしたように、丈の中将と洋月がそうしたように、俺達も再び深く抱き合う。  二つの悲劇もこれでもうお終いだ。  明日にはきっと新しい道が開かれていくだろう。  そう確信できるそんな営みをしよう。今から…… **** とうとう『月夜の湖』『悲しい月』の想いが重なり昇華されていきます!

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