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満月の夜、月が照らす道 1
「洋、僕を見てよ! ほらっ歩けるよ、もう全然痛くない! 」
「凄い頑張ったのよ、この子」
小さな王様の病室は暖かい空気で包まれていた。
王様と赤い髪の女が、退院の準備をしている。
王様の骨肉腫に対して化学療法が劇的に効き手術の必要もなくなり、本当に順調に回復した。無事、王様の脚は温存出来、転移の可能性も限りなく低いという診断を丈が出してくれた。本当はもう少し長期で経過を診たかったようだが、王様が早くヨウの元へ戻り安心させてやりたいとばかり言うので、俺たちは決行の日を早めることにした。
この王様の寿命はもっともっと先に伸びた。だからこのタイミングで元の世界に戻しても大丈夫だと思った。
「さぁ、はしゃぐのもそれ位にして、一旦俺の家に行こう」
「洋の家? 」
「うん、正確には丈と俺の家だけど」
「二人はいい仲なんだね」
「えっ」
幼いのに目ざといな。小さな子供に揶揄われたようで恥ずかしくなるが、王様の眼は澄んでいた。
「僕のヨウもね、医官のジョウと仲良しだったから分かるよ。だから僕が早く元の場所に元気に戻って、ヨウを喜ばしてやりたい。僕のせいでジョウとヨウは離れ離れになってしまったから」
「そうだね。きっと待っているよ」
「王様は優しいのね。私のことも心配してくれたの。私にも結婚を約束した人がいるのよ。だから私も本当は早く戻りたいの。凄く心配かけていると思うから」
赤い髪の女も恥ずかしそうに呟いた。
「そうだったのか……俺達、気が回らなくてごめん」
「いいのよ。医療従事者として当たり前のことをしたし、興味深い時間旅行だった。過去の医術と未来の医術を垣間見るなんて滅多に出来ない経験でしょ。私は好奇心旺盛だから、きっと神様がこんなチャンスをくださったのね」
相変わらず前向きで明るい女性だ。この女性のお陰で王様も心細い思いをせずに済んだし、随分元気をもらったのだろう。
「さぁ行こう」
****
丈が運転する車が丘の上の一軒家に着いた。
すぐに向こうから走ってくるのは洋月とkai。
洋月の奴、またあの浴衣着ているな。とても似合うし気に入ってくれているから、帰る前にもう一着用意してやった。喜んでくれるかな。そんなことを考えると楽しい気分になる。
「わぁ! またここにもヨウそっくりの人がいた! 」
王様は洋月の姿を見て、目を丸くしている。
「ふふっ……はじめまして王様。俺は洋月といいます」
「ヨウゲツ? 不思議な名前だけど、やっぱりヨウって付くんだな」
洋月の儚くとも美しい笑顔に、王様も思わず見惚れてしまっているようだ。
無理もない。同じ顔をしている俺ですら洋月の持つ品のある雰囲気や儚い笑みには、心を持っていかれてしまう。きっと洋月は平安時代さぞかしもてただろうな。もしも俺が全く関係ない男だったら洋月に恋するかも……なんて思ってしまうほど、洋月は可愛らしくいじらしい。
「kaiありがとう、留守番を頼んで悪かったな」
「いやお安い御用だよ~こんなの。それより洋、次の満月がいつか分かったよ」
「いつだ? 」
「3日後だ」
「そうか、じゃあその日にしよう」
「了解!」
「それと俺が話したような風景の海は見つかった? 」
「あぁ写真をいくつかピックアップしておいたから後で見てくれ、満月がよく見える穏やかな海だろう。ご希望は」
「うん、そこが過去とつながる場所だと思うんだ」
「よくわかったな」
「うん。あの時……見えたんだ。ぱっと頭の中に」
「あの時っていつだ?」
「……いや……いつでもいいだろ」
「洋~それってさ、丈と熱い夜を過ごしたときだろ? どうせ!ぱーっと頭の中が白くなって……ぷっ」
「kai~!!!」
またkaiに揶揄われてしまい、かっと顔が赤くなる。
どうしてkaiの奴は、こういうことに人一倍鋭いのか。
リビングで楽しそうに話している王様や洋月からそっと離れて、kaiから『穏やかな海……満月』のキーワードで探してもらったいくつかの写真を見せてもらう。
「こんなに沢山あるのに本当に分かるのか」
「うん……見れば分かると思う」
写真を1枚1枚確認していく。
違う。
ここじゃない。
ここでもない。
心がどんどん判断していく。まるで最初から答えがあるように、俺の中でその情景はどんどん具体的にイメージされていく。数枚写真をめくった後に現れた蒼いグラデーションを描く煌めく海、そして白く浮かぶ満月。まるで湖のように穏やかな海面に月明かりが道のように映っている。海はどこまでも広く、湖のように限りがあるものでない。
見つけた!ここだ!
「kaiありがとう。ここだよ。この海だ! 」
「本当か」
「あぁ海岸線も海の色も全く同じだ。あの日俺の瞼に浮かんだ情景と」
「そうか、やったな!」
「何処の海岸だったかな? ちょっと待てよ」
「うん」
kaiはもう一度PCを開いて、海の情報をプリントアウトしてくれる。
「ほら。場所はここだ。ここからそう遠くないな、海岸の名前は」
「月夜見(つくよみ)海岸だ」
間違いない。ここに違いない。
俺は洋月や王様、赤い髪の女……由さんに声をかける。丈もずっとその様子を見守ってくれている。
「三日後の満月の夜、俺たちは此処に集まろう。そしてそれぞれが帰るべきところへ帰ろう」
「洋くん、本当にその日その場所から帰れるの? でもまた何か凄く嫌なことが起こるの? 」
赤い髪の女が不安そうに問い、洋月も不安気に見つめている。
「いや、ここに来た時のような悲しみや怒りのパワーは必要ないよ。ただ穏やかな満たされた気持ち……それだけでいいんだ。なにも気負う事はない。帰りたい場所に帰る。その気持ちだけを持って来て欲しい」
『満たされた心』
それが帰り道を開くキーワードだ。
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