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太陽の影 8

 夜行バスに揺られて4時間近く。バスが目的地に着いたのは、もう深夜だった。 「思ったより遅くなってしまったな」  こんな時間にどんな顔をして父の別荘を訪問すればよいのか……インターホンを押すのに躊躇してしまう。父の別荘の灯りはもう消えてるし、どうしようか。 「ふぅ……」  とにかく少し深呼吸しよう。暑い夏の夜だが、夜風はひんやりとして興奮した心を落ち着けるのにちょうどよかった。少しだけ周りを散歩して心を落ち着けてから、父に会うことにした。別荘に背を向け近くに池があったことを思い出したので、そちらに向かってみた。あの池でよく一人で釣りをしたものだ。釣りは長い夏の時間を潰すのにちょうど良かった。  その時、遠くから男の声がした。どうやら何か激しく揉めているようだ。  何だ?  そっと茂みから遠くを伺うと、池の近くに1台のキャンピングカーが停まっていた。  目を凝らしてみると、キャンピングカーの後方のドアが突然開き、一人の少年が衣類の乱れを気にしながら焦った様子で降りてきたと思ったら、次の瞬間、外で待機していた男に見つかってしまったようだ。 「やめろーーっ」    悲痛な声がこちらまで響く。 「やめろっ!」   逃げようとした少年に、すぐに男達の手が伸びて来て、そのまま地面に激しく投げ飛ばされてしまった。 「少し痛めつけてからだなっ! やれっ! 」  そして屈強な男たちに 三人がかりでボコボコに蹴られているのが分かった。  なっなんてことだ! 俺はどうしたらいい?  それにあの少年はまさか……まさか。遠目で暗くてよく見えないが、でも似ている。  そうこうしているうちに少年は地べたに這いつくばらされて、履いていたズボンを脱がされてしまった。少年は叫びながら必死に抵抗している。  くそっ!  かっと全身の血が逆流するような怒りが噴き出た。  俺は自分のことなんて顧みず、その少年を助けようと一気に駆け出した。  その瞬間だ!  ふわっとあの人の香りが背後に漂ったのは…… 「待て」  いきなり腕を引っ張られ、制された。 「えっ! 丈っ!」 「私があの少年は助けるから、洋は親父さんの別荘に行って状況を説明しておけっ」  一気に気が抜けてしまった。何で丈がここに? 呆然としている俺に丈が言う。 「洋。詳しいことは後で聞く。早く行け! 」 「あ……分かった」  呆然としていた躰を必死に動かし、義父の別荘まで闇を走り抜けた。走るたびに足元の草が大きく揺れ、夜露が飛び散っていく。  はぁはぁ……  ひんやりとした夜風が吹き抜ける中、来た道を一目散に走り抜ける。  何で……涼があんな目に。  何もなかったのだろうか。間に合ったのだろうか。  心配で心配でたまらない。  そして丈っ  来てくれたんだな。  いつもお前は俺が困っているときに助けてくれる。 **** 「Kent……義父さんは寝てるの?」 「あぁせっかく洋が来てくれたのに悪いな。今日はあの電話のあと少し興奮されていて、精神安定剤を飲んでもらったからな」  深夜の訪問だったから義父はもう休んでいて、Kentが応対してくれた。  そのことに少しだけほっとした。良かった。  まずは涼の治療に専念したい。義父さんへの説明はその後だ。 「あの子は……?」 「今、丈さんが治療しているよ。かわいそうに……ひどい目に遭ったんだな。疲れ切って気絶したように眠ってしまっているよ」 「そう……」    俺は治療している部屋にそっと入り、涼がしっかり眠っているのを確認してから、丈に話かけた。 「丈は怪我無いか」 「あぁ……私もなかなかやるだろう。三人を倒すのは苦も無くこなせたよ」 「丈は思ったよりも、ずっと強いんだな」 「ははっ初めて見たように言うな。それより、この子は誰だ? 洋によく似ているな。そっくりじゃないか。助けたとき動揺を隠せなかったよ。さっき別荘に行かせた洋が襲われたのかと錯覚するほどで、冷や汗が流れたぞ」 「んっ……その子は涼っていうんだ。そして……俺がアメリカに来た理由だよ」 「どういうことだ?」 「この子は俺の従兄弟だ」 「あぁ道理で……そうか血がつながっているのか」 「うん。俺の伯母の子供なんだよ。」 「そうか、しかし間に合ってよかったよ」 「丈、よく俺に間に合ったな。オペだったんだろう」 「あぁ終わってから着信に気が付いて、そこから忙しかったよ。日本経由の便にしたし、空港からはレンタカーを飛ばした」 「そうだったのか、ありがとう。来てくれて。すごく心強い……」    受け答えしながら、涼の顔を覗き込む。疲労困憊といった表情だが、すぅすぅと静かな寝息を立てているのでほっとした。  あれから五年……涼は今十七歳か。見違えるように大きくなって。予想通り俺の高校時代にそっくりな容姿になったな。これじゃ父が見間違えるのも無理ない話だ。    十七歳の俺は父の庇護のもと暮らしていた。また俺があなたの腕の中に舞い戻ってきたと思ったんだろうか。あの頃は父の真意がつかめず、父であって肉親でない人との奇妙な同居生活に戸惑っていた。そして父の溺愛がこれ以上歪んだ形で、エスカレートしないか怯える日々だった。 「洋……どうしたボンヤリして?」 「いや……実は俺が急いでここに来たのは、義父からの電話のせいなんだ。この子を俺だと勘違いして今にも別荘から飛び出てこの子のもとへ行きそうだったから、それを食い止めたくて……それで…俺、焦って………ごめん。また一人で勝手なことした」 「事情は察したよ。大丈夫だ。洋、ちゃんと間にあっただろう」 「あぁ丈のおかげで涼を救えた、俺一人じゃ無理だったかも」 「そうだな、洋だけじゃ不安だな」 「丈のおかげだ。丈が俺も涼も助けてくれた」  そう言いながら、丈と指を絡め合った。  指一本一本から温かい丈の体温を感じ取ると、躰も心もゆっくりとほぐれていく。 「んっん……」  涼がうなされているのか、苦痛に顔を歪めた。 「丈、お願いがあるんだ。俺はまだ涼に会えない。だから涼が目覚める時、俺は違う場所にいるから……俺の話はしないでくれ。丈も名乗らなくていい。助けたことの経緯は詳しく話さないで欲しい。そうだな、たまたまこの別荘を訪ねた客みたいなふりをしてくれないか。義父にもそういう風にしてもらうから」 「一体何故だ? せっかく会えた従兄弟じゃないか。挨拶くらい駄目なのか」 「駄目だ」 「……」 「涼は俺が日本で義父から受けた傷を知らないから。この義父の別荘で涼と再会するのは嫌なんだ。俺はまだすべてを笑って許せない……ここじゃ嫌だ」 「洋、落ち着け。わかったから。お前の受けた傷はそう簡単に消えないのは当たり前だ。それでいいんだよ」 「……ありがとう。理解してくれて」  丈が俺の顎を掬い、優しいキスをしてくれる。  夜露に濡れた躰が、じわっと温まる瞬間だ。

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