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暁の星 4
「ここ空いていますか」
式が始まる直前に隣に座ってきた奴を横目で見て、はっとした。
遅刻しそうで走って来たのだろう。乱れた呼吸を整え、少し汗ばんだ額をそっとハンカチで拭って背筋を伸ばす、その仕草も横顔もとても綺麗だと思った。そんな理由で式の間中、そっと俺は隣に座る男を盗み見してしまった。
おいおい……まったく男に見惚れるってどういうことだ? アメリカで白人の綺麗な奴なら山ほど見てきたが、日本人でこんなに綺麗な男は見たことがない。首元をきつく締めるネクタイに、ノーブルなスーツ姿が美しい顔に映え、なんだかそそられる。
って俺はゲイじゃないんだが。
俺の視線に気が付いたのか、隣の男と視線が絡み合った。
「……何か」
少し首を傾げ不思議そうに、俺のことを真っすぐに見つめてくる。
うわっ! 髪の毛が茶色くて柔らかそうだ。瞳も少し茶色がかっているのか。
日本人らしい楚々とした顔立ちの癖に、西洋人形のように甘い可愛さも持ち合わせていて本当に綺麗な顔の男だとだ、しみじみと感心してしまった。
俺が固まっているので不思議そうな表情を浮かべ、目を細めもう一度話しかけてきた。
「あの……僕に何か」
式の最中なので潜めて発せられたその声は、甘い囁きのように聞こえてしまった。
「いや……君、随分汗かいてるなって思って」
「あっ」
途端に少し顔を赤らめ、バツが悪そうな表情になった。
「ごめん。汗臭かった? 」
とんでもない。なんだか隣から甘い香りが漂ってるよ。とは流石に言えずに、俺は首を無言で振った。
ーそれではこれにて閉式となります。本日ご入学された学生諸君、青春を謳歌してください。-
学長挨拶で締めくくられた式は和やかに厳かに終わり、一瞬にしてホールに騒めきが戻ってきた。
「あっ……終わったね。じゃっ隣をありがとう」
隣の男は首元のネクタイを手でクイっと緩め、再びリュックを背負い立ち上がった。話しかけようか迷っているうちに、どんどんその後姿が小さくなってしまうので、慌てて呼び止めた。
「おいっ待てよ!君は何学部だ?」
思い切って声をかけてみると、嫌そうな顔もせずに立ち止まり、にこっと笑顔で答えてくれた。
「法学部だよ。君は?」
「あっ俺もだ」
「そうか良かった。僕、帰国したばかりで実は勝手が分からなくて」
「そうなのか、俺もだよ。高2からアメリカに留学していたから。君は? 」
「そうか。僕は小学生の時からだから、まだ日本に慣れないよ」
「やっぱりアメリカか? 」
「あぁニューヨークからだ」
「へぇ俺は西海岸だよ。ロスにニ年ほどいたから、おっと自己紹介がまだだったね。俺は山岡 航太(やまおかこうた)だ、よろしくな」
「僕は月乃 涼。よろしく」
「この後は教室で学部別のガイダンスだ。一緒に行こうぜ」
「あぁ」
つきの りょう……名前まで綺麗な奴。
俺の高校の同級生たちの多くは、この名門大学に進学していている。だから知り合いも多いが、留学していて九月入学となったのは俺だけだったので、少し寂しかった。だから入学式当日にこんな綺麗な奴と知り合えてラッキーだ、仲良くなりたいと純粋に思った。
****
「良かった。受けてくれるか。私も鷹野くんに適任だと思って推薦したのだよ」
「ありがとうございます! 頑張らせてください。で、どなたの警護なんですか」
「あぁここに資料があるから、一緒に見てみよう」
そういって警護する相手のプロフィールが記載された資料を渡されたので、部長と一緒に確認していく。
「光丘薬品の重役の葛西忠則さんか……」
有名な製薬会社だ。確か洋が勤めていたのは信協製薬だから違うが縁があるな。表情を揺るがせた俺の様子を部長は見逃さなかった。
「どうした鷹野くん? 知り合いか」
「いえ。存じあげません。この会社を知っていただけです」
「そりゃ日本の製薬会社の五本の指に入るからな」
「でもなんで会社の重役さんが、わざわざ外部のSPを雇うんですかね?」
素朴な疑問だ。
「なんでも今回ソウルで開かれる国際学会で、かなりのトップシークレットの新薬開発の発表があるらしくてな。情報を盗まれないようにピリピリされているとか」
「あぁ、なるほど」
このタイミングでソウルへ出張、しかも製薬会社の重役のSPだなんて、なんだか奇遇だな。
いや、すべてが動きだしたのだ
洋に再会するために……俺と涼が前へ進むために。そんな気がして仕方がない。
ソウルで洋に会えるかもしれない。そう思うだけで逸る想いに胸が高まった。
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