264 / 1585

暁の星 12

 遠くに人の気配がしたので、俺は慌てて涼を抱きしめていた腕を離した。 「ごめんっ」 「……?」 「こんな外で悪かった」 「大丈夫、この位のハグは向こうじゃ普通だよ」 「うっ……」  ってことは、涼はこんな風にアメリカでは、周りの奴に簡単に躰を触れさせていたのか。なんて考えるとちょっと、いや、かなり妬いてしまう。 「安志さん、どうしたの?」 「いやっなんでもない」 「あっ……でも……ここは日本だからもうしないよ」 「えっ? 」 「安志さん以外とはもうしない」  そうきっぱり言い切る涼が、なんだか必死で可愛い。そんな風に言ってもらえると、ますます俺はいい気分になってしまう。  ローズヨコハマの薔薇の香りはとても強く、次第に闇に溶け込んでいく俺たちを甘美な雰囲気に誘っていく。駄目だ。人が近くにいるし……こんな所でって思うのに、どうしても涼にもっと触れたくなってしまう。  俺が無言で俯いたままだったので、いや正確には欲情を抑え込むのに必死だったのだが……涼が少し不安になったのだろう、心細そうな声を発した。 「安志さん、もしかして怒った? 」 「いや、俺だけなんて言ってもらえたのが嬉しくて……その、キスしたくなって困っている」  涼には素直な気持ちをそのまま伝えられるんだ。嬉しいことも悲しいことも困っていることもすべて……そのままに。 「良かった。うん、いいよ」  そう言いながら、涼は俺の肩にそっと手をつき少しだけ背伸びして、ちゅっと可愛らしい短いキスをしてくれた。  驚いて見ると、涼の耳が赤く染まっていた。こんな場所で涼の方からしてくれるなんて!  涼も俺に感じてくれているのだろうか。俺が涼に感じるような高揚感を。  涼は感情を押し隠すように顔を俯かせ、鞄からスマホを取り出した。 「そうだ!安志さん、写真撮ろう!」 「あっそうだな」  甘い香りを漂わすローズヨコハマの黄色い薔薇を背景に、二人並んで写真を撮った。手で持って撮ったので、すごいアップで照れる。 「あと安志さん一人のも欲しい」 「おっおう!」  そんな風に言われても、センスがない俺はどうしたものか迷ってしまう。カメラを意識すればするほど、躰が動かなくなっていく。 「ふっ……安志さん緊張してる? もっと自然に、じゃあ勝手に撮ってもいい? 」 「はぁ~涼、お前慣れすぎっ。ぎこちなくなっちゃうよ……俺」 「えっそうかな? 向こうでよく写真撮られていたから」  「えっ? 誰に」 「あっ同級生とかにだよ。ふっ深い意味ないよ」  必死に焦って言葉を伝えようとする涼が可愛い。うーやっぱり涼みたいに綺麗で可愛い同級生がいたら、男も女も放って置かないよな。それは認めるから仕方がない。  カシャッ 「ん? あっ今撮ったな」  考え込んでいる俺の姿が、涼のカメラに収まったようだ。 「安志さん今の横顔素敵だったよ!」 「涼、よく考えたらこれって日本に来て初めてのデートだな」 「うわっ!そういうことになるね」  そうだ。お互いの家を行き来はしたが、外でこんな風に会うのは初めてだ。  涼と俺の初めて。  これからどんな初めてが積み重なっていくのだろうか。  一つ一つ大事にしていきたい。  そんな風に思える大切な相手と巡り合えたことに感謝する。  ずっとずっと待ち望んで来た俺の『暁の星』は、涼……君のことだ。 「さぁ行くぞ」  自然ともう一度手を握り合い、夜景が広がる公園へと歩き出した。 『暁の星』 了

ともだちにシェアしよう!