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すぐ傍にいる 11

 慌てて重役の客室の前に戻ると、変わりなく現地ボディガードの二人がドアの前に立っていた。現地ボディガードは日本語も達者な韓国人なので助かる。 「鷹野お帰り。昼飯ちゃんと食ったか」 「あぁ、あのさ俺が休憩とっている間に何か変わったことなかったか」 「あぁそれが通訳が交代になったようだ」 「やっぱり」  さっき駐車場で見かけた光景は間違いではなかった。じゃあ一体誰が通訳に来たのだろうか。 「あのさ、松本さんの代わりに新しい通訳が来ただろう? 顔、見たか」 「あぁすごかったぜ」 「すごいって一体何がだ?」 「いや実はな……あんな綺麗な男は見たことないって俺達、噂をしていたんだ。男なのに……なんかすごい色気があるっているか……とにかく目を奪われたよ。思わず触れたくなるほど肌も綺麗でさ、ははっこれじゃ俺達、変態だな」 「だよなーでもどうせボディガードするなら、あんな風な綺麗な男がいいな。つい守ってやりたくなるような儚い雰囲気が堪らなかったな」  もう一人のボディガードも、うんうんと頷きながら会話に参加してくる。 「綺麗な男……もしかして……それって日本人か。名前は?」 「あぁ日本人だよ。確か『サイガ』って名前だったかな」 「なっ!」  なんてことだ……俺がいない間に洋とすれ違っていたなんて。洋は今この部屋の中にいるということか。すぐに会いたい!      気が動転して思わず、客室のチャイムを押そうとしてして、慌ててボディガード達に止められた。 「おい鷹野一体どうした? そんなに動揺して。今は打ち合わせ中だぞ。勝手に入るなってきつく言われているじゃないか」 「だがっ」    そうだ……俺は今勤務中だ。ボディガードとして客室前で警備することが任務だ。勝手な行動は許されない。  何故だか胸がざわつく。あの嫌悪感をもたらす重役の横柄な態度……あんな男が美しい洋を目にしてしまって大丈夫だろうか。変な気を起こさないといいのだが、洋は無事だろうか、心配で堪らない。  せめてこれくらい聞いてもいいだろう? 「中で変わったことはなかったか」 「なんでそんなことを?」 「いやなんでもない……気にしないでくれ」 「あっそういえばさっき大きな物音がして焦って確認したんだ」 「それで?」 「重役自ら椅子が倒れただけだって返答があった」 「そうか……」 「中は確認してないんだな」 「ああ……でも部屋にあんな綺麗な通訳と二人きりなんて羨ましいな」 「お前っ変なことばかり言うな!」  本当に椅子が倒れただけなのか。何故倒れた? やっぱり何かあったんじゃ。  ますます不安が増してくる。時計を確認すると13時5分。 「次のスケジュールは?」 「えっと13時30分になったら部屋を出て、下の小会議室に移動する。光岡薬品から他の社員も到着しているから、明日の会議のための全体打ち合わせに入るそうだ。通訳と秘書と共に移動するよ」  そうか……あと20分ちょっと待てば、このドアが開くのか。 「重役の昼食は」 「通訳が変わるちょっと前にルームサービスが入ったよ」 「そうか」  一分一秒がとてつもなく長く感じる。洋がこの部屋に向こうにいる。俺はやっと洋のすぐ傍まで来たのに、もどかしくて死にそうだ! ****  クチャクチャ……  重役が汚い音を立てながらランチのハンバーグを頬張っている。 「あぁ冷めてしまったな。肉が固い……なぁ崔加くんも一緒に食べないか」 「俺は……結構です」  机を挟んで届く執拗な視線に耐えられなくて、目を伏せた。下品な音と共に、重役の口の周りから肉汁がたらりと滴り落ちていく。それを舌でペロペロと舐めまわしている音も不快だ。 「この口で明日には君を食えるんだな。待ち遠しいよ」 「っつ」 「くれぐれも変な気を起こすなよ。誰にも言うな。その相手にも被害が及ぶぞ」 「……」  寒気がする。先ほど触れられた唇を早く洗いたい。消毒したい。  口腔内にまだ重役の唾液が残っているような気がして、胃の中から不快なものが込み上げてくる。重役のにおいが躰に染みついてしまったような気分になってしまう。  俺は絶対にお前に抱かれない。逃げてみせる。  でもどうやって……俺のあの写真……あれを世の中にばらまかれたらどうなるのか。  丈、Kai、そして安志……  大切な恋人……友人の顔が浮かんでは消えていく。  そして暗闇の中から、今度はあの時別れた洋月と心を交わしていたヨウのことを思い出す。  君たちは逃れられない相手に絡め捕らわれ何年にも渡り、辛い関係を強いられたと聞いた。  俺は本当に一度だけ、一度だけこの男に我慢して抱かれたら本当に逃れられるのか。それならば覚悟を決めて躰を許せばいいのか。それでうまくいくのなら……心の弱い部分がつい揺らいでしまう。だがそんな行為、果たして耐えられるだろうか。  もしも俺が他の男に抱かれたことを丈が知ったら、友が知ったら悲しむだけなのに……でも俺だって大事な人を守りたい。  あぁ……もう八方塞がりだ。  13時30分  チャイムが鳴って、秘書がやってきた。 「さぁ時間だ。崔加くん仕事もしっかりしてくれよ。これでも一応会社の重役としての面目も保たねばならぬからな。はははっ」 「……分かりました」  俺は暗い気持ちで重い足取りで……重役の後について廊下に出た。  ずっと俯きながら歩いていたが、客室前に立っているボディガードの横を通り過ぎた時に、すぐに感じた。  この温かい陽だまりのような雰囲気。竹のような清々しい香り。  俺が良く知っている大事なあいつが、すぐ傍にいる!  はっとして振り返ると、視線が絡み合った。  安志っ  心の中で叫んでいた。    どうして……お前はいつも俺が心底困っている時に現れるんだ。お前って奴は……すぐにでも安志に駆け寄りたい気持ちでいっぱいになったが、足をとめた重役が不審そうにこちらを見たので、後ろ髪をひかれる思いでまた歩き出した。  どうして、お前が傍にいる?  戸惑いと再会の歓び。不安と安心。いろんな気持ちで心が乱れていく。

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