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変わっていく 3

「洋……お前」 「なっ何?」  何もかも見透かされたような眼で見つめられ、しどろもどろになってしまう。 「今、あの重役と一緒にいなかったか」 「なっ」  やっぱり見られていたのか。いつだってKaiは勘が鋭くて目聡い。 「洋、これは大事なことだからちゃんと話してくれよ」 「あぁ……」 「お前さ、今すごく困っているだろう」 「……」 「正直に話せ。さもないと今すぐ、丈を呼ぶよ」 「うっ……分かった。お願いだ。まだ丈には言わないで欲しい」 「はぁ……全くどうせまたろくでもないことに巻き込まれているのだろう」」 「……お察しの通りだよ」 「はぁ~今度はなんだ。重役からデートの申し込みか」  図星だ。わざとおどけて俺が話しやすい雰囲気を作ってくれるのがKaiらしい。 「……Kai……実はちょっとまずいことになっていて、ここではなんだから場所を移そう。それからKaiに紹介したい人もいるから」 「俺に紹介? 可愛い子か」 「お前って奴は……」 「冗談だよ。お前があんまり思いつめた顔しているから、緊張をほぐしてやろうと思ったのさ」 「……うん、ありがとう。俺そんなにひどい顔してたか」 「あぁ……真っ青だ。まったく心配するだろっ」  いつもと変わらないKaiの温かい対応に心が温まっていく。本当に俺はいい友人に巡り合えた。そう実感する瞬間だ。ロッカーで荷物を取り、さっき教えてもらった安志へメールを送った。仕事が終わったら俺達と合流して欲しいと。 「洋、とりあえずホテルから出るぞ。どこで話す?」 「そうだな。とにかくここではまずい」  Kaiと肩を並べホテルの通用門から出ると、ガードレールにもたれて丈が立っていた。 「丈っ!」  優しく穏やかな微笑みに心が和むのと同時に、丈に内密に事を進めようとしたことを見透かされたような気持ちで極まりが悪い。どうやら仕事帰りに車で迎えに来てくれたようだ。 「洋、今日は仕事が早く終わったから迎えに来た。もう上がりか」 「うっうん……あのKaiも一緒に帰ってもいいか」 「……うちに来るのか」 「いいかな?」  丈はKaiのことを一瞥したあと不機嫌そうに頷いた。そんなKaiが後部座席に乗り込むときに、俺にそっと囁いた。 「やれやれ……丈には嘘は付けないぞ。ちゃんと話せよ」  車は俺と丈の家に向かって静かに出発した。何となく気まずくて話すことが浮かばず、俺はぼんやりと車窓を眺めていた。  ソウルは日が長いな。もうこんな時間なのに、ちょうど夕暮れ時だった。  空は、日没直後で雲のない西の空に夕焼けの名残りの赤さが残る時間帯…黄昏時に、まさにさしかかろうとしていた。 「洋、どうした? 」 「んっ」 「何を見ている? 」 「丈……すまない」 「何がだ?」 「いや……」  俺の瞳は窓の外を流れる黄昏時を静かに映していた。  あんな話……重役に今日されたことや明日約束したことを、丈に話したらさぞかし心配するだろう。それでもやはり丈にも話した方がいいのか。本当は内密に処理したかった。だからKaiと安志の協力を仰ごうと思っていた。  全く、俺は……いつまで経っても皆に守ってもらってばかりで、少し情けないな。だが俺一人ではさっき廊下で重役に押さえつけられてしまったように抗えないのも事実だ。  そういえばこの目の前に広がる黄昏時とは、夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味だって高校時代に授業で聞いたな。  自分が弱い部分は、素直に認めていかないといけない。そして俺のパートナーの丈に、隠し事をするわけにはいかない。  俺に必要な人は誰か。  いつも俺の傍にいてくれる人は誰か。  誰を頼るべきか、誰を守るべきか。  黄昏時の空は、冷静にすべての事柄を考え直す時間を俺に与えてくれた。  丈だ……丈が大切だ。俺の全てだ! **** 「安志、お疲れ! あとは俺たちが引き継ぐからお前はもう上がりだ」 「Thank you!」  あー疲れた。今日はいろんなことがありすぎだ。まだ心臓がバクバクしている。洋と再会できた喜びもつかの間、洋の巻き込まれている事態の深刻さを考えると頭が痛くなる。  ロッカーで荷物を取りスマホをチェックしてみると、さっきアドレス交換したばかりの洋からのメールが届いていたので、慌てて開封した。 『仕事が終わったら俺達と合流して欲しい』  俺達っていうのは、Kaiっていう奴のことかな。 『了解』  返事を打つとすぐに洋から返信があった。ここに来て欲しいと示された住所は、どこかの一軒家のようだった。  これは……もしかしたら洋と丈が二人で暮らしている家のことなのか。  一度見てみたかったような、心の底では見たくなかったような……洋が幸せに暮らす家へ行くのか。  いい機会だな。俺も今できることをして、俺のことを待ってくれている涼の元へ早く帰ろう。  地下鉄の駅を出て、洋の家へと一歩一歩進んでいる。心は一歩一歩、洋から離れ涼のもとへと近づいていく。そんな感じがした。  何故か無性に涼のことが恋しくなり、たまらず電話をかけようとした瞬間、俺のスマホに涼からの着信があった。 「もしもしっ」 「安志さん、ごめんね、今大丈夫? 」 「涼! なんで……」 「あっ仕事中だった? まずいかな? 」 「いや、今日はもう終わった。それより驚いたよ。今電話しようと思った瞬間に涼からの着信があったから」 「えっ本当? 安志さん……僕に電話しようとしてくれたの? 」 「あぁ声が聴きたくてね」 「嬉しい。僕だけじゃないんだね」 「あぁそうだよ。俺、涼のこと考えていた」 「安志さん、僕、実はすごく今安志さんに会いたくなってしまって」  必死に話す涼のことが愛しくて愛しくて。こんなにも俺のことを真っすぐに求めてくれるなんて、本当に信じられないほど幸せだ。そんな涼に隠し事は出来ない。 「涼、実は洋と会えた」 「えっ本当に? 洋兄さん……元気だった? ねぇどうだった?」 「実は洋は……今ちょっとトラブルに巻き込まれていて、その解決への手伝いをしてやっている」 「え……そうなの。安志さんは大丈夫なの? 」 「あぁ涼、君に早く会いたくて仕方がないよ」 「安志さんありがとう。僕も同じだ」 「なぁ……ねだってもいいか」 「えっ何を…」 「……いや、いいんだ帰ったら話すよ」 「安志さん……それって」  チュッ……  気まずい暫くの沈黙のあと、受話器越しに可愛い控えめなリップ音が響いた。 「えっ今のって」 「ははっ女みたいで恥ずかしいな。安志さん、洋兄さんのことお願いしますっ」  ぽかぽかだ。  心がぽかぽかだ。  洋のこと……解決しなくてはいけない問題が山積みなのに、不謹慎かもしれないが俺は今すごく満ち足りている。 「涼、じゃあな! ちゃんと俺は帰るから安心して待っていてくれ」 「うん、待っている」  電話を終えた途端、洋と丈の家へ向かう足取りも一気に軽くなっていった。

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