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心はいつも共に 1
「んっ……」
飲まされた薬が眠気を誘ってきたのか、洋は俺の胸に体重を預けて眠そうな仕草をしていた。やがて駆けつけた丈さんが、息を切らして部屋に勢いよく飛び込んで来た。
「洋っ」
「あっ丈さん!」
心配そうな思いつめた顔をして、洋を抱きかかえる俺の横にすぐに座り込んで来た。そして、洋の様子がおかしいことにすぐに気が付いたようだ。
「洋っどうした?」
「どうやら何かあいつに変な薬を飲まされたようです。丈さん、洋を早く病院へ連れて行ってあげてください。ここは俺達で方を付けますからっ」
「分かった」
「洋……眠ってしまったのか」
俺の胸元にもたれて眠ってしまった洋の躰を、丈さんに委ねた。その体温が離れていく時、ほんの少しだけ胸の奥がズキンと痛んだ。きっともう二度とこんな風に洋を抱くことはないだろう。
「洋のことを、よろしくお願いします」
丈さんにも何かが伝わったのかもしれない。
「あぁ君の大事な洋でもあるから……ここの処理は任せたよ。私は洋の薬の処置をしてくるから。安志くん、君がいてくれて本当に良かった」
「いえ、こちらこそ」
毛布をすっぽりと被された洋は、丈さんの温かそうな胸に抱かれながら、俺の前から去って行った。それと引き換えに、この期に及んでも醜態を曝しまくる重役の罵声が飛び込んで来た。
「お前たちっ私を誰だか知っているんだろう。こんなことをしてただで済むと思うなよ! 」
「それはこっちのセリフですよ。洋に薬を飲ませて襲っておきながら、よくもまぁぬけぬけと。怪しげな薬の成分も調べたらすぐに分かります。違法なものですよね。それからあなたが男を抱いている証拠写真も撮りました。聞けばあなたは日本では大変ご立派な家にお住まいで愛妻家とのこと。あなたが洋を写真1枚で脅したように、俺達もこの写真1枚であなたを同じように脅せます。それはあなたが一番ご存じの方法ですよね」
「うっ」
重役は痛い所を突かれてぐうの音も出ない有様だ。
「くそっ」
「洋の写真はどこです? それからあなたのスマホとPCへの侵入を許可して下さい。どうせ写真をコピーされているでしょ。俺はその道の専門家です。根こそぎ抹殺させてもらいます。それが引き換え条件です。どうです? 本来ならば強姦未遂や薬物所持で警察に付きだすことが出来るのに洋の温情ですよ。あいつは……これで終わりにしたいそうです」
「……くっ……分かった。それで手を打とう。私もすべて出すからお前たちもすべて消せ」
「成立ですね。二度と現れないでください、洋の前に」
がっくしと重役は肩を落とした。
不満は残るが……洋、お前はこれでいいんだな?
洋が望んだ通りにしたよ。
****
「ヨウ……洋月…洋……」
誰……?
遠くで俺のことを呼ぶ声がした。
俺は朦朧とする意識の中で遠い昔、そんな名前で愛する人に呼ばれたことを思い出していた。それにしても頭が痛い。割れるようにズキズキと心臓の鼓動と呼応するかのように痛い。
「洋しっかりしろ、目を開けてみろ」
今度は耳元ではっきりと聞こえた。
あぁこの声は丈だ。俺はどうして? あの後、どうなったのだろうか……恐る恐る目をそっと開けてみると飛び込んできたのは、心配そうに俺のことを覗き込む丈の顔だった。
「丈……俺……」
途端に溢れるように、一気に重い記憶が戻って来た。
「そうか……俺、失敗しちゃったね。変な薬飲まされて、躰が動かなくなってしまって……計画が台無しだったな」
「洋、何を言っている? 無事に計画は遂行できた。安志くんが絶妙なタイミングで飛び込んでくれて」
「えっ……そうなの?じゃああれは」
夢ではなかったのか。
無我夢中で心の中で何度も何度も安志に助けを求めた。そしてもう駄目だと思った瞬間、部屋に太陽のような明かりが差し込んできた。
あれは本当に安志だったのか。
安志は俺の大事な
幼馴染
友人
親友
なんだろう?
もうそんな言葉はあてはまらないような気がした。
安志と俺のつながりはこの世の言葉では言い表せないほどの信頼と安心を運んでくれる何かになったと思った。あいつは俺なんかのために……本当に馬鹿な奴だ。そして本当に大事な奴だ。
「安志くんのおかげだな、私はいつも肝心な時に君の傍にいられないので不甲斐ないよ」
「そんなことない。丈がいなかったら俺はまた何もできないで立ち尽くしていた」
珍しく弱音を吐く丈の気持ちが静かに伝わって来た。分かるよ……逆の立場だったら俺だってそう思う。でも俺が勇気を出せて、あんな行動が出来たのはすべて丈のおかげだよ。丈は俺にとって、このままずっとずっと一生を共にしたい人だから……その人を守りたい一心だった。
「洋、もうお願いだから心配かけるな」
「んっ……そうだね。もう何も起きないよ」
「あぁすべて解決した、だから安心しろ」
「丈っ……俺は勝てたのかな。自分自身に……」
「洋は頑張った。戦ったよ。そして打ち勝ったんだ」
「良かった。だとしたら丈と安志とKaiのおかげだ。一人では無理だった。それだけはよく分かる」
「そうだな……本当にそうだ。さぁ少し休め。あまり躰によくない薬だったから、綺麗に洗浄したが、躰がまだ辛いだろう。今度はいい夢を」
「そうだね……実は今すごく眠いんだ」
次に目が覚めたら三人にちゃんとお礼を言いたい。
俺のために、ありがとうと。
それから、皆でゆっくり公園にでも行きたい。その時はあのおにぎりを握って、沢山持っていこう。そんなことを考えると柔らかい温かい世界に包まれていくような気分だった。
今度はいい夢を……見る!
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