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贈り物 1

 窓を開けると、爽やかな秋空が広がっていた。  昨夜圧迫感があると感じたビルの谷間から朝日が昇ってきて、高層ビルの大きな窓に朝日が反射して暗闇をも照らしている。  どんなに暗い所にも、明るい日差しは届くものだな。直接でなくても人を介して、物を通してという方法もあるのだ。 「おはよう、丈」  そっとソウルにいる丈へ向かって呟く。  昨日の俺は変だったな。あんなにザワザワした心になるなんて……でも丈と電話で話して一気に落ち着いた。遠く離れていても空を通していつでもつながっている、それを実感したよ。俺が見ているこの朝日と同じものを、丈もソウルで見ているだろう。  今日はずっと行きたかったところがある。  高校時代に渡米してから、結局一度も行けなかったあの場所へ。 **** 「おばさんお久しぶりです。あの、突然ですいません」 「まぁまぁ……洋くんなのね。元気だったの? もう何年前になるのかしら……最後に会ったのは……すっかり大人っぽくなって、さぁおあがりなさい」 「ありがとうございます」  俺は朝食を済ましてから、すぐに安志の実家へ向かった。 「五年前です。その節はお世話になりました。ろくにお礼も言えず去ってしまいすみませんでした」 「いいのよ。そんな余所余所しいこと言わないで。それよりも……あの時のあなたは酷く疲れていたけれども、一体何があったの? 安志に聞いても黙りこくってしまって何も答えてくれなくて、本当に心配したわ。」 「それは……」  なんと説明したらいいのか分からなくて、困ってしまった。 「あっいいのよ、もう昔のことだもの。ただ私はあなたのお母さんに頼まれていたから」 「すいません。本当に……でももう」 「そうね、すっかり元気そうね。見ればわかるわ。幸せそうな顔をしているもの」 「そうですか」  安志のおばさんは昔から勘がいい。 「今は幸せなのね?」 「はい」  少し恥ずかしかったが、迷わず答えることが出来た。 「良かった。五年前は本当に辛そうで、我慢して悩んで可哀そうなくらい怯えていたから。こうやって今、洋くんの幸せそうな顔を見ることが出来て良かったわ」  おばさんは涙ぐんでいた。俺も気を許すとここで泣きそうだ。    そうだったかもしれない……五年前の俺。このまま死んだら楽になれるかもと思う程の危うい時に安志に助けられて、しばらくこの家で静養させてもらった。義父に犯され、監視に押しつぶされそうだった一番苦しい時を助けてもらったのは、この家だった。  おばさんにはちゃんと話しておこう。自然にそう思った。 「おばさん……本当にありがとうございます。実は俺は今ソウルで愛する人と暮らしています。その人とずっと共に暮らそうと思っています」 「えっ……まぁそうなのね。小さかった洋くんにも、とうとうそんな人が出来たのね、我が子のように嬉しいわ、おばさん感慨深いわ」 「でも……その相手は……」  男性なんですと打ち明けようと思ったら、言葉を遮られてしまった。 「あっちょっと待って。それなら大事なものがあるの」  しばらく経って、おばさんが手に何かを持って戻って来た。 「洋くん、これね。実は夕が亡くなる少し前に私が預かったの。自分が亡くなったあと崔加さんに見つかるとよくないと思ったらしくて」 「これは?」 「開けてみて」    小箱を開けてみると古びた銀色の指輪が二つ並んでいた。 「これって……もしかして結婚指輪?」 「これはね、あなたの実の両親のものなのよ。夕と交通事故で亡くなった本当のお父さんのもの」  箱の中には、何の飾りもない大小の指輪が並んでいた。沢山の小さな傷に素朴な優しい温もりを感じた。  本当の父親……小学校低学年の頃、会社帰りに車に跳ねられて亡くなったと聞いているだけで俺の中の記憶にはほとんどない。でも背が高く温かい手で、その手と母の柔らかい手に繋がれて、俺は明るい道をまっすぐに歩いていた。そんな眩しいおぼろげな記憶はある。 「俺にとってこれは貴重な物です。ずっと大事に持っていてくれたんですね、おばさんありがとう」 「夕から頼まれていたの。洋くんがね、いつか大人になって……愛する相手を見つけ幸せそうな顔で報告してくれたら渡す様に。それは今でいいのよね? 」 「はい、今がその時です」  即答した。だって俺はもう歩き出している。大事な相手、丈と…… 「良かったわ。肩の荷が降りたわ。あとはうちの安志ね~全くどうなっているのかしらね」 「そうだ、おばさん教えて下さい。母の墓の場所と父の墓の場所を」 「もちろんよ。おばさんたまに行ってお参りしていたの。二人ともあなたを待っているはずよ。場所は別々だけど……二人はつながっているはずよ」  メモを握りしめ、俺は最初に父の墓へ向かった。母が再婚する前は、毎月、月命日にバスに揺られて母と訪れていたことをここに来てようやく思い出した。 「あの小高い丘にパパは眠っているの。ママや洋のことをずーっと見守るためにね」  そんな母の言葉が聴こえてくる。途端に、ずっと封じていた様々な記憶が一気に蘇ってくる。  今日はひとりでも怖くはない。だって……どれも温かく優しい思い出ばかりだから。

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