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贈り物 13

 母が入院して一か月が過ぎた頃だった。風呂に入り濡れた髪を乾かしていると、急に義父が俺の部屋にやってきた。 「洋、入るぞ」 「あっはい」  一体突然何の用だろう。義父が俺の部屋に入るのは、その日が初めてだった。 「洋は毎日寂しくないのか。夕が入院してもう一か月になるな」 「それは……寂しいです」  何を意図するか分からない問いだったが、気持ちを正直に答えると、義父は溜息交じりに信じられないことを提案した。 「私もだよ。洋も一人で眠るのは寂しいだろう、今日は一緒に寝てあげよう」 「えっ? 俺はもう中学生ですよ。もう小さな子供じゃないんだから一人で眠れます」 「……そう………やっぱり血を分けた親子ではないから、よそよそしいな。君はいつまでも……残念だよ」 「それは……」  全くなんてことを急に言い出すのか。義父は立派な人で母のことを大切にしてくれている。入院もわざわざ個室にしてくれて、お金に糸目をつけず最新の治療を取り組ませてくれている。俺に対しても何不自由のない贅沢な生活をさせてくれている。  家に他人を入れるのが嫌いだからヘルパーさんを雇わない代わりに、食事代と言って渡されたお小遣いは中学生には多すぎる額だった。  とても大事に扱ってもらっている……それは分かるのに、何故か怖いんだ。  義父が俺の父さんの写真を捨てろと言った母の話が、頭から離れないせいだろうか。笑っているようで笑っていない顔。優しいようで冷たい横顔。何かがひっかかる。そもそも母はどうしてこの人と再婚しようと思ったのだろうか。あれこれ考え込んでいると、ふいに義父の手が伸びて来て、俺の頬を撫でた。 「お前は本当にそっくりだね。あの頃の夕に……とても綺麗だ」  思わず躰を強張らせてしまった。 「な……に?」 「いや、ただそれだけだ。もうおやすみ……」  階段を降りていく重たい足音に、安堵の溜息を漏らした。たまにこうやって義父が触れていく指先には、何故か不穏なものが漂っている。  しっかりしろ、気のせいだ。じっと見られると居たたまれない気持ちになっていく。  そう、この目でいつも見られている。俺にとっては義父といっても一年前に初めて会った人で、赤の他人も同然なんだ。そんな人と一つ屋根の下で過ごすのは、居心地が良いものではなかった。  それでもこの一年は母がいてくれたから、なんとかなっていた。俺と義父の間に母さんがいつもいてくれて場を和ませてくれていた。なのに……二人きりだと、この気まずさだ。  一体これから先、どうしたらいい? 万が一母がいなくなってしまったら、俺はどうしたらいいのか分からない。不安で夜も眠れない。 ****  わっまずい!  バスの中で、安志さんと手を絡め合っていると、ムズムズと躰の奥が疼くような変な気持ちになってきてしまった。バスが揺れる度に安志さんとの距離が近づいて、躰が触れ合う。その度に昨夜のことを思い出してしまう。  何もかも……初めてだった。あんなことが自分に出来るなんて信じられない位だ。安志さんの優しい手で躰中を沢山触れられて、安志さんもあんなに興奮してくれていた。僕もすごく気持ち良くなって何もかも持っていかれたような、何もかも受け入れた様な不思議な感じだった。  はぁ……こんな明るいうちからバスの中で不埒なことを考えるなんて駄目だと思うのに、頭の中はそのことで一杯になっていく。次第に自分の頬が熱くなっていくのを感じた。 「なぁ……涼はどうして洋のお母さんの墓参りに行こうと思ったんだ」 「えっあ?」  突然安志さんに話掛けられて、びっくりした。頭の中は覗かれていないよなと妙に焦ってしまう。 「どうした? なんか顔赤いぞ」 「えっその……」  安志さんが再び手をきゅっと握り込んでくると、ぶるっと躰が震えてしまった。擦れ合う指の付け根あたりが熱くてしょうがない。 「涼、何考えていた? 」 「なんでもない」 「……やらしいこと?」 「安志さんっ」  もうもう恥ずかしい。顔を見られるのが恥ずかしい。 「涼、墓参りのこと言い出してくれてありがとうな」 「なんで? 」 「もしかしたら洋に会えるしれない。そのチャンスを作ってくれた」 「うん……洋兄さんに安志さんも会いたい? 」  ちょっとだけ妬いてしまった。 「あぁ会いたいよ、涼と二人でいるところを見てもらいたい」  今度はちょっと嬉しくなった。全く僕は安志さんの言葉に一喜一憂だな。  これが恋というものなのか。 「僕も洋兄さんに見てもらいたいな。あ……でも、怒られないかな」 「何を?」 「洋兄さんの大事な幼馴染の安志さんと僕が……その」 「洋は喜んでいたよ。ソウルで話した時に涼で良かったと言っていた」 「そうなんだね。本当に……僕でいいのかな」 「おいおい、あんな姿まで見せてくれてそんなこと言うなよ」 「うん」 「俺は涼がいい。逆に俺なんかでいいのかと思ってる」  バスの騒音に紛れて、交わす会話には色がついているようだった。

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