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逸る気持ち 6

ーソウル 11:55p.m.ー  結局一時間だ。  一時間も俺は遠くから松本さんの寂し気な横顔を、そっと盗み見していた。こんなにも長い時間、一人の人の顔を見つめることなんて今までに経験がない。  俺はよく周りから人当たりが良いとか人付き合いが良いとよく言われるが、それは人と上部でしか付き合ってこなかったからかもしれない。ずっと何事もとりあえず上手く回っていれば、平和であればいいと思っていた。  だが洋と知り合って……人は外見だけで判断出来ない悲しみや痛みを心の奥深く抱いていることもがあることを理解できた。実際、最初に見た洋はただ偉く綺麗なだけの男だったが、抱えていたものが辛く大きすぎて……俺の方が思わず悲しい過去に怯む程だった。  そんなことを思い出していた。  それにしても松本さんも一体何故だよ。こんな場所で一人寂しく時間を持て余しているのなら、少しは俺を頼ってくれればいいのに。  もうすぐ日付が変わる。松本さんは少し前から腕時計をじっと眺めていた。 ー0a.m.ー  日付が変わると同時に、松本さんは苦しそうに何か小さく呟くように口を動かした後、突然席を立った。俺は慌てて新聞で顔を隠し横を通り過ぎて店から出ていく松本さんの横顔をちらっと見た。  あっ……  その目に泣いた跡があった。  うっすら赤くなった目尻……涙を堪えるような切ない表情。風のように俺の横を通り過ぎて行くその姿。  胸を打たれた。  だが、どうしても呼び止めることが出来なかった。  全く意気地なしだ。  どう声かけていいのか分からないほど悲しみに沈んでいたから、いつものように茶化すことが出来なかったんだよ。 **** ーJapanー 「涼どこか行きたい所があるか。ここからだと都内ならどこでも出やすいな」 「あっ……」 「どこだ? 遠慮せずに言えよ、ちゃんと連れて行ってやるから」 「うん、あの……その……水族館に行きたいかも」 「水族館? 」 「でも、無理にじゃない。ほらっ……よくデートでってあるから憧れてた」  涼の語尾がどんどん小さくなってくる。  そうか、これってデートだよな。そう思うと照れ臭くなってしまう。 「おっおう! 水族館だな、ちょっと待って、ここから近いところ探すよ」 「いいの?  嬉しいな」  お洒落なデートはいつだって気恥ずかしくて、そっけない態度になってしまう。  そう言えば大学の頃付き合っていた女の子には呆れられて、結局振られたんだったよな。それでも一年ほど付き合った。 (安志くんは私といても、ちっとも楽しそうじゃないわね。どこか違う人を見ているような気がして……愛されているとは思えない。もう無理)  確かにそうだ。  あの頃の俺はいつも洋の面影を探して、アメリカに行ってしまった洋のことが心配で……最後にあんな無様なことをした自分自身にも後悔していて……全く駄目だったな。  でも今は違う!  俺のもとに飛び込んできてくれた涼が大事で、涼のことばかり見てしまう。それに涼を知れば知るほど夢中になってしまう。俺に初めて抱かれた涼の美しい躰と可愛い顔を思い出すと顔が熱くなる。 「安志さん、ちゃんと調べてくれた? あれ……少し顔赤いよ? 」 「えっ! あっごめん涼の……思い出してた」 「なっ何を思い出しているんだよ? もうっ恥ずかしいな」  俺の考えていたことが涼に伝わったのか、まずいな。涼は照れ臭そうな表情を浮かべた後、速足で歩きだしたので、慌てて追いかける。 「待てよ、京急でまっすぐ品川に出よう」 「水族館があるの? 」 「あぁイルカショーも」 「イルカか。僕、大好きなんだ!」  足を停めて優しく微笑む涼の笑顔が休日の午後の光を浴びて、きらきらと輝いて見えた。  途端に胸がキュンとなる。  どうやら俺は、可愛く素直に表情がコロコロ変わる涼のことが、愛おしくてしょうがないようだ。涼をこのまま水族館でなくて、家に連れて行って抱きしめたいという不埒な逸る気持ちが込み上げてくるのを、ぐっと抑え込んだ。

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