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星に願いを 1
「もう朝か……寒いな。丈、どこだ?」
もう十二月も半ばだ。
ソウルの冬は早く、すでに日本の真冬以上の気温にぐっと下がっている。この時期の朝は苦手だ。布団の中で温まった躰がなかなか動かせない。ふんわりとした羽根布団の中でぎゅっと躰を丸めるとパジャマの上だけを羽織っている状態だった。躰は綺麗に拭かれているが、まだ躰の奥がじんじんと疼いているような感覚が残っていて、昨夜丈と熱く長く抱き合った余韻を感じてしまった。
昨日も随分長い時間抱かれた。最後の方は……よく覚えていない。
でも欲しかったのは俺も同じだ。さてと流石にそろそろ起きないと仕事に遅れるし、出勤前の丈に会えないのは嫌だ。
意を決してガウンを羽織り、裸足の脚を床につくとひんやりと冷たかった。そのまま階段をトントンと降りて、明かりがついている部屋へ向かった。
「おはよう」
リビングのドアを開けると眩しい位の光が飛び込んで来た。東向きの窓から、冬の澄んだ空気を突き抜ける朝日を浴びた。丈を見ると腰にエプロンをして朝食を作っている最中だったが俺の気配に気が付いたようで、穏やかな笑顔で振り向いてくれた。
「洋起きたのか。おはよう。昨日は無理させたからもっと寝ていてもよかったのに……」
「いや……もう大丈夫。シャワー浴びてくるよ」
「あぁそうしろ」
一気に熱いお湯を顔にあてて、頭を覚醒させていく。それからお湯をたっぷりと張った湯船に肩まで浸かり躰をほぐしていく。
本当に秋から冬になるのはあっという間だったな。年が明けたらすぐに丈と俺は日本へ帰国することになった。丈の病院の契約は当初春までだったか少し早く契約終了できるようになったので、それからバタバタな日々だった。
ソウルでこの家で過ごすのもあと二週間だ。俺もホテルの通訳の契約を解除する手続きをして、少しずつ日本へ帰る段取りを始めている。
いざ決まると少し寂しいものだな。でも日本に戻れる……そう思うと前向きな気持ちになれる。
ぜんぶやり直そう。
中途半端で投げ出すような、逃げるようなことはもうしない。もう起こらない。そう信じている。高校も就職もどれも中途半端な所で、自分の手で終わらせてしまったから。
そして丈の家に連れて行ってくれるという話も気になってしょうがない。俺のことをどう説明するつもりなんだろうか。友人……それとも……まさかな。そもそも実家がお寺って聞いてなかったから驚いたよ。じゃあお兄さんはお坊さんってことなのか。
うぅ大丈夫か、俺。そういう世界に免疫がないんだよ。ずっと母と二人きりで親戚も兄弟もいなかったから、親戚づきあいをしたことがない。
これ以上湯船に浸かっているとのぼせそうなので、この考えは封印した。バスローブ姿でリビングに戻ると、テーブルに美味しそうな朝食が並んでいた。ここの所帰国前で仕事も大詰めのようで、夜も別々に食べることが多いので、丈が朝ぐらいはと張り切って日本食を作っておいてくれたようだ。その気持ちが有難い。
白いご飯は粒ぞろいでつやつやと甘い湯気を漂わせていて、俺が教えた卵焼きも完璧な仕上がりだ。丈は本当に手先が器用だな。
「今日のも美味しそうだ」
「洋、悪いな……今日も仕事が遅くなりそうだ」
「うん分かってる。昨日は束の間の休みだったってことだな」
「あぁ……だがその代りクリスマスは休みが取れたよ」
「本当? 」
「あぁ洋はどんな一日にしたい? 」
そうだ、もうすぐクリスマスじゃないか。今年はどうしてもしたいことがあるんだ。
「丈、リクエストしてもいい? 」
「あぁなんでも」
「ソウルで過ごすクリスマスも最後だろう? だからこの家でパーティーをしないか」
「んっ? 誰か呼びたい人がいるのか」
丈が不思議そうな顔で聞き返してきた。
「うん……Kaiと……あと通訳の同僚の松本さん。呼びたい人は他にもいるけど、やっぱりこの二人には特にお世話になったから」
「松本さんというのは、Kaiが気にしていた人だな」
「うん。俺も彼のことが気になっているから……なぁ…いいか」
「もちろんいいよ。洋の好きなようにするといい」
「ありがとう、じゃあ後でKaiに聞いてみるよ」
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