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星に願いを 3 ーMerry Christmasー

ーソウル 12月24日 10 p.m.ー 「やっぱり僕……帰るよ」 「大丈夫だって…」 「僕みたいなのが行ったら、みんな盛り下がるだろう」 「だから一体いつもいつも……どうしてそんなに後ろ向きなんだよ!」  ちょうど今日は日本からのお客様対応で、松本さんと一緒に仕事をしていたのでラッキーだった。仕事上がりに攫うように手首を掴んで、洋の家に行くためにタクシーに乗り込んだ。  でもタクシーの中で行先を告げた途端に帰るの一点張りなので、流石の俺も次第にイライラしてしまった。  どうして松本さんは、いつも自ら世界を閉ざしていくのだろう。思わず大きな声を出してしまったら、びくっと躰が強張ったのが伝わってきたので、居たたまれない気持ちになった。 「ごめん。驚かせるつもりはないんだ。でも俺もそんなに嫌がられるとショックだ」 「あっ……悪かった。Kaiくんのことが怖いわけじゃない」 「じゃあ一緒に行ってもらえるか、洋の家に」 「……分かったよ」  溜息交じりに返事をされた。  松本さんは、まるで楽しいことをするのを自らで戒めているような、幸せになるのを怖がっているような人だ。 「着いたよ、ここから少し歩こう」  タクシーから降りると辺りは真っ暗だった。洋が暮らす家は街中から高台を上りつめたところにある。今日は松本さんと少し話しながら行きたいと思って、少し手前でタクシーを降りた。 「あれ? こんなに暗かったか」 「……こんな寂しい所に洋くんは住んでいるのか」 「そうだけど……でも一人ではないからいいんだよ」 「誰かと一緒なんだね」 「あぁ、丈っていう……恋人と住んでいるんだ」 「丈?……あっそうなんだ」  どうせ着いたらバレることだから、洋の恋人が男性だってことは先に話しておこう。なんとなく松本さんはそういうのに嫌悪感を抱くような人ではないと思っていた。想像通り驚くこともなくほっとした。そんな反応に、もしも松本さんも俺と嗜好の持ち主だったら、なんて甘い期待すら抱いてしまう。 「あっ」  薄暗い道の足元が悪いようで、この道に慣れない松本さんは随分と歩きにくそうだ。 「危なっかしいな。ほらっ手貸して」 「えっ」 「転んだら、せっかくのパーティーが台無しだろ。さぁ」 「う……うん」  そんな勝手な理由をつけて松本さんの手を握りしめてしまった。初めて松本さんの肌に触れ、温もりを感じた瞬間だ。  胸の奥がキュンとするような甘い疼きを、久しぶりに感じてしまった。  あぁ……やっぱりな。絶対こう感じると思っていたよ。俺の予感は的中することが多いんだ。昔から勘がいい方だと言われてきた。 「松本さん、今日はありがとう」 「いっいや僕こそ、誘ってくれてありがとう」  珍しく素直な松本さんの口調が嬉しい。もっともっと自分を出せよ、俺にだけ。そんな欲が出て来てしまう。このままもっともっと話したいと思ったが、こういう時に限って洋がわざわざランプを持って迎えに来たらしく、明かりが向こうから近づいてくるのが分かった。 「Kai~ お疲れ様! 遅いから様子を見に来たよ。あっ松本さんいらしてくれたのですね。嬉しいです」 「う……うん、Kaiくんにどうしてもって言われて」 「Kaiありがとう。俺が松本さんともっと話したくて。あ……Kaiの方が俺よりもっと話したいみたいだけど。さぁ、どうぞこっちです。あ……あの松本さん、俺が誰と一緒に住んでいるか聞きましたか」  洋が照れ臭そうに確認している。 「あ……うん。その同性の人とだよね」 「ええ、俺の恋人は同性です。それでも大丈夫ですか」 「あ……うん大丈夫」 「良かった、偏見を持つ方もいるので」 「僕はそういうのは……大丈夫だ」 「ありがとうございます」  洋がほっとしたように微笑むと、つられるように松本さんが微かに微笑んだような気がした。でも暗くてよく分からない。もっともっと明るいところで見たい。笑顔を見たい。松本さんのことが気になってしょうがないよ。そんな気持ちで一杯になるよ。 ****  ドアを開けると丈がエプロンをつけて出て来た。 「丈、二人を連れていたよ」 「やぁいらっしゃい。君が松本さん? はじめまして、洋のパートナーの丈です」 「あ……こんばんは」  ちぇっ丈の奴カッコつけて。まぁ医師のくせに料理も家事も完璧だし、背も高く男らしい精悍さで溢れているもんな。悔しいけど本当に洋とお似合いだよ。 「洋も早く入れ。そんな薄着で外に出るなんて」 「ごめん」  さり気なく洋の腰に丈の手が回されたのに気が付いたのか、松本さんが恥ずかしそうに俯いてしまった。  相変わらずこの二人は熱々だ。  俺はもう見慣れてしまったが。 「松本さん、熱々カップルは置いて、こっちに座って」  テーブルの上には、チキンのグリルにキッシュ・色鮮やかなオードブルなどクリスマスらしいメニューがずらりと並んでいる。 「じゃあ遅い時間のスタートだけど、我が家にようこそ。松本さん本当にありがとうございます。じゃあ乾杯しようか」 「真夜中のクリスマスパーティーだな」 「メリークリスマス!」 「May you have a warm, joyful Christmas this year.」 (あたたかく、喜びに満ちたクリスマスでありますように)  四人のグラスの音が華やかに響いた。  何かが始まる予感がする。

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