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番外編 Happy New Year 丈×洋
ソウルで迎える新年もとうとう今年が最後だ。私も洋も年明け三日間は仕事を入れずに、自宅でゆったりと過ごしていた。
「洋、今日は何がしたい? 午後から街へ出かけるか」
「んー実は俺……ソウルでやり残したことがあって」
ソファでコーヒーを飲みながら寛いでいた洋がいたずらな瞳を輝かした。そんなに可愛い顔で言われたら、なんでも叶えてやりたくなるじゃないか。
「なんだ? なんでも叶えてやるぞ」
「本当? あのさ、俺ずっと行きたいところがあって」
「どこだ?」
「本場の垢すりに行ってみたい」
「えっ垢すり? 」
意外なことを言うなと思った。
垢すりといえば職場の連中に誘われて仕事帰りに何度か行ったことがあるが、とても洋を連れて行けるような場所じゃない。
「あっもしかして丈は行ったことがあるのか」
「いや……まぁあることはあるが、とても洋を連れて行くことなんて出来ない」
「なんでだよ? 」
洋がむっとした表情で、不服そうに口を尖らせた。そんな甘えた仕草が可愛く感じるが、それとこれとは別だ。
正直、男性の垢すりには男性スタッフが付くのだが、日本での施術と違ってタオルで隠したり局部がホールドされる事もないので、勢いでスタッフの手や垢すりタオルが股間まで到達しそうになって冷や冷やしたものだ。
屈強な男性が力任せに躰を磨いていくので、体が揺れれば局部も時差で揺れたり、邪魔だから手でどかされたりと扱いがすごくて、流石の私でもかなり焦ったのを思い出す。
逆にその気でもあるのかと思う程、扱くように丁寧に洗ってくれるスタッフもいて、それはそれで妙な気持ちになった。性的な意味はないが、日本人にはかなり緊張する場所なんじゃないか。実際お客さんで勃起してしまっている人を何人も見かけたしな。
そんな苦い体験を頭の中で思い出していると、洋がやっぱり行きたそうに、もう一度訴えて来た。
「俺も一度くらい……帰る前に行ってみたいよ」
「いや絶対に駄目だ」
駄目に決まっている。絶対にあんな場所で、洋の裸を他の奴らに見せるわけにはいかない。
「丈は行ったのに、ずるいな。もういい。俺一人で行ってくる」
「ちょっと待った! しょうがないな。今から私の体験記を話してやるから、それを聞いてから判断しろ」
「丈の体験記? 何それ、珍しいな。そんな話をするの」
「あぁ、いいからよく聞け」
「うん」
「これは職場の連中とノリで明洞の現地の人が行く普通のアカスリ場に行った時の話だ。まず風呂に入れと言われるんだ。まぁ風呂は日本の銭湯と同じようなものだった。で、体を洗って、しばらく待つとトランクス一枚の兄さんに案内され、脇の小部屋へ連れて行かれるんだ。部屋にはちょうど病院にあるような簡易寝台があって、そこに仰向けに寝ろと言われた」
「う、うん……それで?」
すでに洋の顔が固まってきている。あと一押しだな。
「寝台の上で真っ裸の自分を上半身裸で下はトランクス一枚の屈強な兄さんに見下ろされる図を想像してみろ。あれは相当に屈辱的だぞ」
「うっ確かに」
「それだけじゃないぞ、途中で膝を立てるように言われて、その指示通りにしたら、片手であそこを脇にどかされ、股間までゴシゴシ擦られるんだぞ。悪いが頭の中が恥ずかしくて真っ白になったものだ」
「ひぇ……」
「それにな、お構いないに磨くもんだから、兄さんの手が股間にぶつかりそうになって冷や冷やしたものだ」
「も……もういいよ」
洋も流石に絶句していた。
いや大袈裟でなくあの時は本気で文化の違いというか……日本へ帰りたくなったものだ。今思い出せば笑い話だが。
「どうだ? これでもどうしても行きたいか」
「うっ……やっぱり、やめておく」
顔を赤くして首を振る洋に思わず笑みが零れた。洋の方はふてくされた様な顔をクッションに埋めていた。
「おいで……洋のことは私の指で可愛がって、磨いてあげよう」
「あっそれが狙いか」
「まぁな」
にやりと私が微笑むと、洋の方も負けずと言い返して来た。
「じゃあさ、俺はあきらめるけど、丈の焦る顔を見てみたいから、やっぱり行こうかな。俺は見学ってことならいいだろ?」
「こいつっ」
「ははっ」
お互い腹の底から笑い合った。クッションに顔を埋めて涙が出るほど笑い転げている洋を見つめ、そっと想った。
この洋の笑顔が絶えないように、これからもずっと見守っていきたい。本当に眩しい位に明るい笑顔を、洋が浮かべてくれて嬉しかった。
明るい楽しい正月の昼下がりのことだった。
今年は沢山笑って、何もかも吹き飛ばして、前進して行きたい。
そっと胸に誓った。
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