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違う世界に 3

 結局モデルの代役を断り切れなかった。周りの雰囲気に押されて逃げるタイミングを完全に失ってしまった。  はぁぁ……どこまでも深く暗い溜息が出てくる。  しっかりしろ、こんなことでへこたれるなんて安志、お前らしくないぞ。若く美しい涼と付き合うなら、この先こんなこといくらでも降りかかってくるのを覚悟しろ。そう自分を叱咤激励して、意を決して撮影現場に目をやった。  涼は水族館の入り口の真っ白な壁の前で、女の子と二人並んで立っていた。  シャッターを切られる度に甘く微笑んで……そして、指示された通りにポーズを次々と変えていく。次第に女の子の肩に手を回したり手を繋いだり……  俺は遠い壁にもたれて、ただ眺めているだけだ。なんだか面白くない。最初は笑顔もぎこちない涼だったが、あっという間にあんなにもこなれた笑顔を作れるなんて……なんだよ、あんな甘い顔、俺にしか見せないと思っていたのに。  撮影はそのまま一時間近くにも及んだ。さらに夜のショーを観覧しているシーンも撮りたいということで再びイルカショーの会場に移動した。移動中に涼がすまなそうに、ちらちらとこっちを見つめてくるので、軽く手をあげて微笑みながら応えた。  あ……俺……今、かなりぎこちない笑顔だったんじゃないか。  ショーの会場で、さっきは俺と肩を並べて見ていたのに、今は女の子と並んでいる。そんな楽しそうな涼の後姿を一人きりで眺めていると、なんだか無性にむなしくなってくる。  でもこれが現実なのかもしれないな。そもそも俺にはもったいない程、綺麗で可愛い恋人だ。いつこういう風に別れが来てもおかしくないのかもしれない。そんな後ろ向きなことばかり浮かんでは消えていく。  夜のショーはクリスタルやオーロラの神秘的に輝く映像空間の中でイルカが舞っていた。そしてスタジアムに舞い降りる雪と映像が混ざり合い、まるでスノードームの中にいるような幻想的な世界になっていた。  ふと入った時に眺めた箱庭のような水槽の中の世界を思い出した。箱庭の世界でなら涼と安心して手を繋げるかと憧れたが、現実でも夢の世界でもなかなかうまくいきそうもないなぁと苦笑した。  イルカのパフォーマンスが終わっても、俺はその場にぼんやりと一人で座っていた。 「安志さんお待たせっ、大丈夫?」  突然、涼の心配そうな顔が、目の前に現れて驚いた。 「おっおお! もう終わったのか」 「うん、すごく疲れたよ……なんでこんな目にって感じだよ」 「そうか、結構楽しそうだったぞ? 」 「いや、うん……相手女の子だし……気を遣って頑張ったんだよ。僕がちゃんとやらないと撮影が終わらないと思って」 「そうか……それでもういいのか」  まぁ一度切りならしょうがない。もう忘れよう。そう気持ちを切り替えたのに、涼の方は困った表情を浮かべていた。 「んっそれがモデルの男の子がね、あのまま入院することになって、このまま次の撮影も頼まれちゃって……困ったな。僕も一度引き受けたからには、きちんと最後までやり通したいとも思うし」 「えっ? 次もあるのか」 「……うん」    涼はもしかしたら、モデルの仕事が案外楽しかったのかもしれない。俺は遠慮されるのが一番嫌だ。涼が好きなことを出来るように応援してやりたい。そんな懐の深い人間になりたい。 「次の撮影は、いつだ? 」 「いいの? その……怒っていない? 」 「涼もモデルの仕事楽しかったんだろう? 」 「安志さん、僕ね……自分のこの女の子みたいな顔にずっと自信持てなくて……洋兄さんのこともあったからなるべく目立たないように隠して生きていかないといけないと思っていたけれども……そうじゃなくてもいいんだね。今日モデルという仕事を体験させてもらって思ったよ」 「そうだな、確かに」  確かにモデルに仕事なら、涼のように綺麗な男も沢山いるだろうし、変に目立たなくても済むのかもしれない。かえって安全なのかもしれない。それに涼にはその世界が似合いそうだと思った。俺と世界が離れていくのは寂しいが、俺は年上だし、ここはちゃんと応援してやらないと…… 「涼、次も頑張れよ」 「良かった、安志さんにそう言ってもらえてほっとしたよ。もう行こうか。お腹空いたよ」 「あぁそうだな、疲れただろう、美味しいもの食べに行こう」  今は精一杯のエールを送ることしか出来なかった。  本当は少し寂しかったが……

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