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違う世界に 6

「君……女の子じゃないよな?」  はっ? なっ…なんてこと言うんだ。予期していないことを言われて思わずカッとなってしまった。  Soilという男は悪びれる様子もなく、片手を壁にをついて、僕のことを見下ろしてくる。本当に背が高いな。僕は170cmちょっとしかないから、この感じだと185cm以上ありそうだ。だからどうしても見上げるようになってしまって分が悪い。 「れっきとした男です」 「ははっ、だよな。だが随分と綺麗だな」  顎に手をかけられ強引に上を向かせられたので、反射的に手を払いのけた。 「一体何のつもりですか」 「いや単に可愛いと思っただけだよ」 「でも残念。君……今恋愛中だね? 」 「なっ」  思いがけないことを言われ、しかも図星だったので激しく動揺してしまった。 「くっその顔、ははっ図星か。若い癖に妙な色気あるもんな」  どう対応したらいいのか困っていると、さっきの社員の人が戻って来た。隣の男性が社長さんだろうか。ダンディな感じの男性が朗らかに、僕たちに声をかけてくる。 「あれ? 二人共もう仲良くなったの? 」 「ちっ違います」 「社長、この子誰? 」 「可愛いだろ? 写真で見た通りだな。中世的っていうのかな? Soilとは真逆のタイプで」 「あぁ女かと思ったよ」 「っつ」 「気に入ったか」 「まぁね。後輩になるんなら可愛がってやるぞ」 「社長、Soilとこの子のツーショット、なかなかいけるんじゃないすか」 「なるほど、天使と悪魔って感じだな」 「それいいですね」  ちょっと待って……事務所の社長と挨拶を交わす前に、僕を通り越して話がどんどん膨らんでいって焦る一方だ。唖然としているうちに撮影の時間がやってきたようで、メイクされ服もスタイリストさんが着せてくれて、あっという間にカメラの前に立たされていた。  だが壁にもたれて、さっきのSoilという人がじっと僕のことを見つめているので、全身が強張ってしまう。 「んー涼くん緊張している? 水族館のようにリラックスして」 「はい……」  あの時は安志さんがああやって壁にもたれて、僕のことを優しい眼差しで見ていてくれたから、頑張れたんだ。今は視線が怖い。皆の視線が僕の一挙一動に注目して。 「今日はなんだか顔色が冴えないな、どうしたの? 」 「いっいえ……すいませんっ」  カメラマンは先日の水族館で僕を撮ってくれた人だ。安心しろ。そう自分に言い聞かせるのに、躰の震えが止まらない。 「Soilちょっとほぐしてやって」 「まったく深窓の姫みたいな奴だな」 「なっ」  そんな言い方をされて、カッとすると頬が上気していくのが分かった。 「お前、怒った顔いけてるな。ツンとすました感じが、その甘い天使みたいな顔とアンバランスでいいな」 「甘いとか……天使とか……僕はそんなやわじゃない」 「そうだな。お前結構いい躰してるもんな」 「なっ」 「何かスポーツやってるのか」  話が大きく逸れて拍子抜けしてしまった。 「あ……陸上とバスケを少し」 「へぇ俺も好きだよ。監督外行きましょ。今日はいい天気だし」 「あーいいね。外の方がこの子映えるかも」 「ええ? ちょっと待って」  みんな強引すぎる。引きずられるようにスタジオの中庭に出ると、そこにはバスケコートがあった。 「バスケ出来るんですか」 「あぁ、ほらっ」  ボールをパスされると途端に緊張がほぐれていく。お互いにパスしたりドリブルをしたりしてゴールを目指す。Soilさんは軽快な動きであっという間にランニング(レイアップ)シュートを決めていく。    確かに上手いな。  僕も撮影ということを忘れ、バスケに熱中していった。バスケットから少し離れた所で真上にジャンプしてワンハンドシュートを放つと、吸い込まれるように決まった。 「やった!」 「なかなかやるな」  汗を拭って辺りを見回すと、カメラマンの人も一緒に走り回ってシャッターを切っていたようで、汗だくになっていた。 「あっ撮影してたんですか! 」 「いいよ~実にしなやかな躰だね。小さいのに若さで元気いっぱいだ。可愛い顔して機敏でハンサムな感じもいいよ~」  カメラマンの人はニコニコ顔で、遠くから見ていた社長やスタッフの人も満足そうな顔をしていた。 「どうだ、気持ちいいだろ? 」  Soilさんも爽やかに笑っていた。あ……確かにこの人のおかげで自分らしさが存分に出せた気がする。 「ありがとうございます!」  今度は、素直にお礼が言えた。 ****  結局バスケの撮影を機に前向きに専属契約をする約束をしてしまった。年明けには僕の両親が一度日本での様子を見に来るから、その時に本契約となる予定だ。 「安志さんごめんなさい。クリスマス一緒に過ごせなくて」  僕は今……安志さんに必死に謝っている。だって付き合って初めてのクリスマスを迎えるのに撮影の仕事が入ってしまったんだ。そう告げると安志さんは一瞬顔を強張らせ、僕に聴こえないように小さな溜息をついたのが分かって胸がチクリと痛んだ。  でもすぐにいつもの爽やかな笑顔に戻って、僕の髪をくしゃっとしながら微笑んでくれた。 「しょうがないよな。涼、頑張っているんだし、俺も応援してるから」 「安志さん……本当にごめんなさい」 「そんな風に謝るなって。俺も仕事でドタキャンすることもあったしお互い様だろ、なっ」  そんな風に優しくいってもらうとほっとする。でも僕は安志さんの好意に甘えてばかりではと心配になってしまう。 「せめて大晦日からお正月にかけては一緒に過ごしたい。安志さん帰省とかしちゃう?」 「ふっしないよ。あぁそうだな。一緒に過ごそう」 「良かった」  僕の方から安志さんにぎゅっと抱きついてしまう。 「涼っ?」  安志さんの手がゆっくりと僕の背中を労わるように撫でてくれる。僕は安志さんの胸の中で深呼吸を繰り返す。若竹のような清々しい安志さんのにおいにほっとする。本当にこうしていると安心できるんだ。ここは僕にとって大切な場所なんだ。 「安志さんありがとう、僕……楽しみにしているよ」 「涼……俺も楽しみだよ」  このまま、キスして欲しい。  そう思うのにあれから安志さんは僕に必要以上に触れてくれないのは何故だろう。それが最近もどかしくてしょうがない。  既に一度躰をつなげた仲なのに……  あの日、躰中に安志さんがつけてくれた印は、もう消えてしまったのに。躰の奥がビクッと疼くのを悟られないように、奥歯をギュッと噛みしめた。

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