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来訪 6

 襖が開くと廊下から二人の僧侶が厳かな雰囲気で入って来た。一人は紫色の法衣を着た落ち着いた雰囲気の初老の僧侶で、もう一人は紺色の法衣の若く清涼な印象の僧侶だった。  あぁすぐに分かる。この人達が、丈のお父さんと一番上のお兄さんだ。 「丈、久しぶりだな」 「お父さん、ご無沙汰してすいません。翠兄さんもお元気そうで」 「お前が急に帰って来て泊まっていくなんて、珍しいこともあるものだな。大学に入ってからこの家に寄り付かなかったお前が……いや責めている訳ではない。帰って来てくれて嬉しいぞ」 「丈、お帰り。待っていたよ」  二人とも嬉しそうに口を綻ばせているので本心だろう。皆、丈の帰りを本当に待ち侘びていたのだ。それなのに俺はずっと自分のことばかりで……この人たちが丈を待つ気持ちを、今までこれっぽっちも考えていなかったことを改めて反省した。  それにしても丈はこんなにも立派で温かい家庭で育ったのか。尊敬できる父親に兄、全部俺が欲しかったものだ。和やかな家族団欒の場が目の前に広がって行くのを眩しく感じた。なんだか俺がここにいるのが場違いな気がして、居たたまれない気持ちで俯いていると、急に話が俺の方へふられた。 「ところで、丈、そちらの方はどなただ? 」 「珍しいな。流から聞いたが友人を連れてくると言っていたな。お前にこんな若くて綺麗な友人がいるなんて驚いたよ」 「丈に友人か。いいことだ。お前は幼い頃から寡黙で忍耐強く独りでいることが多かったからな。父さんは嬉しいぞ。さぁ紹介しておくれ」  目を細めた父親に見つめられて、丈は改めて居住まいを正した。 「父さん、実は、この人は友人ではなく……私と一緒に暮らしている大切な人です。崔加 洋さんと言います」  えっ…その言い方? 友人と言ってくれって頼んだのに何故? 「えっ一緒に暮らしている……大切な人? お前一体それはどういう意味だ? 」  長兄の方があからさまに怪訝な表情を浮かべた。 「つまり私の生涯のパートナーです」  様子を伺っていた俺は、その言葉に雷に打たれたように驚いた。 「丈っなっ……なにを言い出すんだよ! 」 「洋すまない。やはり……父や兄に嘘はつけない。後々本当のことを言うよりも、この人たちには最初に告げた方がいいと思ったのだ」 「丈……そんな」 「父さん兄さん達、すみません……突然の報告で」 「えっ? あぁ……えっと」  父親の方は言っている意味が分からないといった様子で、ポカンとしている。長兄の方は訝し気な表情を浮かべているので、俺は慌てて取り繕うと努力した。 「あっ違うんです。 俺はただの友人です。それで……すみません。こんな家族水入らずのところにお邪魔して、俺、デリカシーないですよね。あっあのもうこれで……帰ります」  もうこの場にいられないと思って立ち上がると丈に制された。手首を掴まれてぐいっと引っ張られて、丈の横にさっきより近いところに座らされてしまった。    どうしよう。こんな展開は予期していなかった。 「洋……逃げるな」 「だが……」  もう恥ずかしくて顔は真っ赤だし、怖くて冷や汗も出てくるし、半ばパニック状態でその手を振りほどこうとしていると、またもや背後から声が聴こえてきた。 「ってことは、君は丈のお嫁さんになるのか」  この状況でなんて傍若無人なことを言い放つんだと、きっと睨みながら振り向くと、先ほど庭先で会った流さんが湯呑を乗せたお盆を持って、にっこりと微笑んでいた。 「よっ嫁? 」 「そうだよ。つまりこの張矢家のお嫁さんってことだろう」 「はっ? 」  今度は俺の方が……開いた口が塞がらない状態だ。  何……この展開?  呆気に取られて固まっているお父さん。  怪訝な表情を浮かべたままの翠さん。  愉快そうに笑う流さん。  真剣な眼差しの丈。  四人の様々な思惑の視線を一気に浴びて、泣きたい気分だ。

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