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戸惑い 6
「やっ山岡なんで?」
「んっー月乃にふられたから結局一人でウロウロしててさ、あそこでコーヒー飲んでいたら、お前が見えてさ。なんかさっきからずっとここに立っていたけど、もしかして待ち合わせか?」
山岡が指指した方向を振り返って見ると、ガラス張りのコーヒーショップから、僕が立っていた場所が丸見えだった。ずっと見られていたかと思うと恥ずかしい。
「えっ……」
どうしよう。もうすぐ安志さんが来てしまう。山岡にどう紹介しようか。友達というには歳が離れすぎているだろうか。違和感なく紹介するにはどうすべきか。頭の中で迷って思考が止まってしまった。
その沈黙を破るように、突然スマホの着信音が鳴った。表示を確認すると安志さんからだった。
「あっ山岡悪い、ちょっと出るね。もしもし……」
「あっ涼か……悪い。さっき急な残業が入ってしまって」
「えっ……」
「今日は会えなくなってしまったよ。ごめんな。埋め合わせは今度するから、とりあえず、また連絡する」
「えっちょっと待って!」
あっという間に切られてしまった電話。もしかして近くにいたんじゃないのかと思って、思わず辺りを見回してしまった。
キョロキョロしていると山岡が不思議そうに聞いて来た。
「誰かと待ち合わせだったんだよな? でも、もしかして今キャンセルになった?」
「あっうん……友達と会う予定だったけど、残業になったみたい」
「へぇ……月乃に社会人の友達? 意外だな」
「……そうかな?」
「じゃあこの後の予定、空いたんだな。なぁ観たい映画あるから、付き合えよ」
「あっうん」
「ほらっぼんやりしていないで、行くぞ。ここ寒いぜっ」
ぐいっと肩を組まれて少し動揺してしまった。山岡もアメリカ帰りのせいか、気軽に肩を組んでくるのはいつものことだが、今日はなんだか焦ってしまう。
結局、映画を観ている間も上の空だった。
安志さん。あんなに楽しみにしてくれていたのに、急にどうして……。あんな直前のキャンセルなんて、らしくない。でも仕事だって言っていた。疑うのも良くないと思いつつ、何か得体の知れない不安に襲われてモヤモヤと気が塞がってしまった。
本当は今頃……安志さんと一緒に夕食を食べて冬の横浜の夜景を楽しんでと……いろいろイメージしていたのに。山岡には悪いと思いつつ残念な気持ちで一杯だった。
「月乃、どうした? もう映画終わったぞ」
山岡にゆさゆさと肩を揺さぶられてはっとした。
「悪いっ…まだ映画の世界だったよ」
「結構面白かったもんな。アクションシーンは迫力あったし、主演女優も色気あってよかったな」
「うん、そうだな」
実は考え事ばかりしていてあまり集中できなかったが、気が付かれないように話を合わせてしまった。僕って最低だな。
「なっこの後飯食っていこうよ」
「あっうん」
気が付かれないように、そっとスマホをチェックするが、安志さんからの連絡は入っていない。忙しいのかな。なんだか妙に寂しい。今日は会えると思って朝からそわそわしていたから余計にそう感じるのかもしれない。
「この店でいい?」
ショッピングモールから少し離れた静かな一軒家のレストランに連れて来られた。なんだか男二人で入るには綺麗すぎる店で、店の前で躊躇してしまった。
「ずいぶんとお洒落な場所だな」
「だってさ月乃と歩いていると、さっきから女の子の視線が熱くてっさ。こういう店なら人が少なくていいかなって思ったんだ」
「えっそうだった?」
そういえば安志さんのことに気を取られていて、顔を隠すように巻いていたマフラーも外してしまっていた。
山岡はおいおいといった表情で溜息をついた。
「月乃はさ、普通にしていても綺麗で凄く目立っていたのに。なんか一気に雲の上の存在になったみたいで少し寂しいよ。やっぱ雑誌に出るってすごい影響なんだな。俺一緒に歩いていて大丈夫かって心配になったよ」
「なんで?」
「だって月乃みたいに綺麗な男と二人きりで映画とかって、なんか怪しいだろ? ほらっデートみたいでさ。ははっなんてなっ!」
「…」
「どうした?入ろうぜ」
「山岡、悪いっ、今日は夕食はやめておくよ」
「えっ? 月乃? 」
「ほんとごめんっ、急用思い出した。また明日大学でな」
「おいっ待てよっ」
呼び止めてくれる山岡には申し訳ない気持ちでいっぱいだが、僕の足は真っすぐに安志さんの家へ向かっていた。
安志さん、僕……安志さんに会いたい。
今、無性に会いたい。
頭上には冬の冷たい空気に冴え渡る月明りが、安志さんの元へと真っすぐに案内してくれるように輝いていた。
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