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鏡の世界 7
君だったのか……ずっと探していたのは。
安志さんが片付けをしている間、ぼんやりとカーテンの隙間から夜空に浮かぶ半月を眺めていると、ふと誰かに呼ばれたような気がして振り返ってしまった。なんだか少しだけ不安を感じた。
空に浮かぶ半分の月の片割れは何処へ隠れているのだろう?
何処へ行ったのか、早く探さないと……と不思議な落ち着かない気持ちになった。
「安志さん今、僕のこと呼んだ? 」
「いや呼ばないけど。どうかした? 」
「あっ聞き間違いか」
「久しぶりに会えたのに他の奴のこと考えてる? 」
「なっ何言ってるの? 」
あれからモデルとしての仕事も順調にこなし、今日は久しぶりに大学の講義の後オフになったので、安志さんの家に来ている。遅れて帰って来た安志さんと一緒に鍋を食べ、ソファで喋って、とても幸せな時間だ。
「そういえばこの前、洋から電話あったよ」
「えっずるいな。僕にはなかったのに」
「ははっ涼にも何度かかけたけど、出なかったって言ってたよ」
「そうなの? あー仕事中だったかな。留守電入れてくれればよかったのに」
「洋が遠慮してんだろう。最近、仕事の調子はどうだ? 」
「だいぶ慣れて来たよ。事務所の先輩のSoilさんが親切に教えてくれるし、ほら今日の変装もアドバイスしてもらって完璧だったよね? 」
「あぁあの人か、ずいぶん親切だな。でもそうだな。涼の顔、ずいぶん有名になってしまったから変装が必要だよな」
「あの……やりにくい? 」
気になっていたことを恐る恐る聞いてみた。
「うーん、気になるといえば気になるって感じかな。具体的に言うと、前みたいに一緒に水族館とか行ったらまずいかなってレベルかな」
そうか、やっぱりそうなんだ。少しだけ寂しい気持ちがした。僕のせいだって分かっているけれども、安志さんと前のように堂々と道を歩くのが憚られているのが事実だ。でも無理をして会社員の安志さんの足をひっぱるようなことは絶対にしたくない。
「安志さんに迷惑かけないようにするから……絶対に」
「ふっ涼、俺の心配をしてくれるのか」
僕の不安を見越したように、安志さんは甘えさせてくれる。
「涼、いいんだよ。涼のモデル姿いいよ。堂々として光っている。いつもああいう風に顔をまっすぐに上げていて欲しいよ。洋は俯いてばかりだったから余計にそう思うのかもな」
「そうだ、洋兄さん、元気だった? 」
「あっそういえば、あいつ今頃になって涼が載っている雑誌を見たっていってたな。バスで女子高生に涼本人と間違えられて恥ずかしかったって言ってたぞ」
「えっ洋兄さんが」
確かに、洋兄さんと僕、モデルで大人びた表情と服装をしている時なんて、正直自分でも見間違う程似ていた。
「お前たち、最近すごく似て来たよな。洋は十歳も年上なのに変じゃないか」
「ふっ安志さんも十歳年上だよ」
「そうだ! 俺は確実に老けたのに洋だけは時が止まったように若いなんて、ずるい奴だ」
「ははっ、安志さんはいつも素敵だよ」
「おぅなんか照れるな! 涼に言われると」
「だって、本当にそう思うから、僕なんかよりずっとずっと」
「可愛いことあんまり言うなよ。我慢できなくなるだろ」
「今日は我慢しなくてもいい……っていうか、僕も我慢できない」
そう言いながらお互いの顔を傾け、温かいキスをしあう。ほっとする温もりを感じ、僕はそっと安志さんの肩に手をまわしていく。するとそのまま安志さんが体重をかけてきて、ソファに押し倒される形になった。
安志さんの顔は少し真剣で、僕の目をじっと覗き込んでくる。
「涼……あのさ、本当は俺だって少し不安だよ。モデルの仕事って華やかだろう。そのSoilさんだっけ、良くしてくれる先輩も、お前の可愛さにくらっとして変な気起こさないといいが」
「ふっ……安志さん何を言うかと思ったら、Soilさんはただの先輩だし、たぶん先輩にもいい人がいるような気がするよ」
「そうか……悪かったな。なんか洋が変なこと言うから不安になったみたいだな」
「洋兄さんなんて? 」
洋兄さんがそんなことを言うなんて気になるな。
「最近漠然としているけど不安を感じると言ってたよ。たぶん涼がモデルになって有名になって、洋はそっくりな顔をしているから戸惑っているのだろうな。お世話になっている寺は幸い山奥にあって、そんな若い子も来ないので目立たないらしいが、たまに横浜に仕事で行くと大変だって苦笑していたよ」
「そうか……僕、モデルになる時そこまで考えていなかった。洋兄さんにも負担をかけているんだな」
僕は自分のことばかり考えていたと反省してしまった。
「涼、違うよ。そんな風に考えるのはよせ。お前たちの顔は双子のようだが、双子じゃないんだ。洋もちゃんと分かっているし、応援してたぞ。自分が出来なかったことを涼がしてくれていて嬉しいって。だから心配するなよ」
「でも安志さんだって不安に思うって言ってたし」
「それは、涼が他のやつに狙われないかって心配だってこと。あぁもう、こんな顔誰にも見せるなよ」
「見せるわけないっ……あっ」
安志さんの指がシャツの隙間からそっと入って来て、敏感になってしまった乳首にさわさわと触れてくると、甘いものが疼いてくる。そのまま裾からたくし上げられて、ちゅっとわざと音が出るように、小さな突起を念入りに甘噛みされたり吸われたり舐められたりすると、堪え切れない声が途切れ途切れに漏れてしまう。
その指が今度が下半身を布越しに撫でてくれば、どんどん血があつまっていくようにそこが張りつめていく。
「んっ……ん」
「涼、久しぶりだもんな。ここ、自分で処理していたのか」
「なっ……安志さん……今日意地悪だ」
「十日も会えなかったんだ。少し位意地悪してもいいだろう? 」
「んっ」
僕も会いたかった。こうしてもらいたかった。
本当は僕もさっき見上げた半分の月に、不吉な予感がした。双子のような洋兄さんと僕のことを考えると、得体の知れない底知れぬ不安がわいてくるのは何故だろう。
それを打ち消すように、頭をふった。
今日は安志さんに沢山甘えたい。
安志さんにも甘えてもらいたい。
ただ、それだけを考えたい。
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