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影を踏む 7

「……サイガ……珍しい名字だね。どんな漢字? サイは西(にし)?」 「いえ、サイはチェとも読む韓国とかで多い漢字で、やまかんむりです」 「なるほど、もしかして、こう?」  そう言いながら、その男性はスーツの胸元からペンを取り出し、手帳のメモに『崔加』と書いた。 「あぁそうです! 」 「そうか……そうなんだね。とても珍しい名字だね」  何故だかその男性は暗い表情を浮かべたが、その理由がその時は理解できなかった。 「失礼だけど君はいま何歳だったかな? ずっと東京に住んでいた? 」  不躾に歳まで尋ねられて困惑してしまう。俺はまた何かしたのだろうか。こんな初対面の人に、そもそもこの人の名前すら知らないのに。不審に思ったことが伝わったのか、その人はあぁと納得した感じで、名刺を差し出して来た。 「安心して。僕はこういう者だよ」 …… ルーチェ 編集部 遠野 空 (とおの そら) ……  名刺には、そう書かれていた。 「遠野 空さんですか。あの涼が最初に載った雑誌の編集者の方だったのですね。涼のことではお世話になっています」 「ん、そうだね。君は確かさっき涼くんより十歳年上って言ったよね。じゃあ今二十八歳かな? 」 「えっそうですけど」 「そうか。あっいやなんでもない。じゃあ気を付けて」     なんだか腑に落ちない感じで、心がざわついた。でも遠野さんという人との話はそこで終わったし、俺の素性もそれ以上は聞いてこなかった。なのに得体の知れない不安な気持ちは、なかなか収まらなかった。 **** 「もしもし、陸?」 「空か。こんな時間にどうした?」 「……見つけたかもしれない」 「一体、誰を?」 「探していたアイツだよ」 「なんだって!?」 「今日偶然会ったんだ。崔加(さいが)って名字で二十八歳の男性。珍しい漢字だし、なんだかピンと来た」 「本当か」 「あぁ、でも……」

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