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アクシデント 7

 トントンー  病室のドアを小さくノックする音がした。いよいよだ。  涼がその音を聞きつけ、俺より先に返事をした。 「どうぞ。誰かな」 「……失礼します」  カーテン越しに影が動き、その人物が中に入って来たことが分かった。 「涼……俺だよ」  そして涙で潤んだような静かな声が病室に優しく響いた。それは一瞬、迂闊にも聞き惚れてしまうような艶めいた綺麗な声だった。  なっ……この声。俺が想像していたのと違う。 「あっ洋兄さん……?」  涼の顔はその声の主に反応するように、ぱっと花が色づくように赤みがさしていった。なんだよ。随分嬉しそうな顔して…その変化にチッと舌打ちしたくなった。涼にとって、そんなに大事な奴なのか。サイガヨウって。一体どんな面だか、とくと見てやろうじゃないか。イライラが募ってしまう。 「あぁ涼……よかった。意識戻ったんだね。入っていいかな」  そう言いながらカーテンの隙間から現れたその人物の顔を凝視して、俺ははっと息を呑んだ。  はっ?  なんだこれ?  そこに立っている人物は、まるでベッドで寝ている涼そのものじゃないか。  こっ……これは一体どういうことだ? 「洋兄さん、心配かけてごめんなさい」 「涼、驚いたよ。識不明だって救急車から連絡を受けたから。焦ったよ。もしも涼になにかあったらどうしようと思って本当に怖かった」  涼と手を握り合って、その涼やかな目元に涙を浮かべるその様子を、俺はまじまじと見つめてしまった。み……見れば見るほど、そっくりじゃないか。醸し出す雰囲気が違うことを除けば、双子と言われても納得できる程、二人の容姿はとにかく似ていたので困惑してしまい、俺は絶句して暫く身動き出来なかった。  涼は素直で明るい性格で雰囲気も爽やかそのもので、俺が置いて来た青春のような清々しい香りがいつだってしていた。太陽の陽射しのように眩しく憧れすら感じさせてくれ、いつも近くに置いておきたいと思うほど可愛いと思っていた。  それに比べ、このサイガヨウは……不思議なことに同じ男なのに、何とも言えない艶めいたものを持っている。例えて言うならば静かに夜空に浮かぶ月のような静寂を纏っている。  なんだって……涼と同じ顔でこんなにも雰囲気が違うんだ。  なんだって……こんなに顔が似ているんだ。  頭が混乱し、すっかり意気消沈して黙りこくったままの俺のことを涼が不審に思ったようだ。 「Soilさん、どうしたの? あぁ……そっか……僕たちがあまりに似ていて驚いたんだね。僕の従兄弟のお兄さんで崔加 洋さんって言うんだ。洋兄さん、こちらはSoilさん。僕の事務所の大先輩ですごく良くしてもらっている。今日もこうやって付き添ってくれて本当に嬉しかったんだ」 「そうなのか。あの、ありがとうございました。本当にいつも涼がお世話になっています」 「あっああ…」  もし父を奪った女の息子に会えたら、絶対に俺の苦しみと怒りをぶつけて滅茶苦茶にしてやろうと思ったのに……なんだこの展開は。  しっかりしろ。長年の苦しみを忘れたのか!  だが、今……涼の前で、それは出来ない。俺を庇ってこんな怪我をした涼が信頼して懐いている相手だなんて、なんの因果だ。とにかく確かめたいことがある。こんなチャンスはもうないかもしれないので、うだうだしている場合じゃない。  今すべきことはなんだ。頭の中をモヤモヤした考えを整理していると、カーテン越しに看護師がやってきた。 「あの……ご面会中すいません。月乃さん、意識が戻られたのですね。良かったです。では、詳しい検査をしたいので付き添いの方は、しばらく外でお待ちいただけますか。この後、先生の診察に入りますので」  俺とサイガヨウは一旦廊下に出た。これはチャンスだ。 「なぁ……ちょっと話がある。あっちで話せるか」 「えっ? あ……はい」  ここで話すと涼に聴こえてしまうことを懸念して、廊下の先のベンチが置いてある待合所にサイガヨウを誘った。彼は俺の後ろを少し気まずそうに付いて来た。 「あの……俺に……何か」  立ち止まるとすぐにサイガヨウは、俺を不安げに見つめてきた。  穢れを知らないその綺麗すぎる顔に、急に憎しみが湧いた。

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