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隠し事 10

 とにかく涼の肩を揺すって目を覚まさせようと必死だった。 「涼っ」 「ううっ……」  影を落とす程長い睫毛に透明な水滴がじわっと浮かび頬を伝っていこうとしたので、優しく吸い取ってやると、少ししょっぱく辛い味がした。この涙はあの日洋が流した涙の味と同じだ。 「涼、どうしたんだ? 酷くうなされていたぞ」 「あっ安志さんか……良かった。起こしてくれて」  少し顔をしかめながら、涼はすぐに上半身をベッドに起こした。まるで一刻も早く夢から覚めたいように、現実の世界に戻りたいように……そして寒そうに身震いし、自分の腕で躰を抱きしめるような仕草をした。 「何か怖い夢だったのか」 「参ったな……酷い夢だったよ」 「どんな夢だ? 」 「……うん。話せないほど酷い夢だったよ。こんな夢を見るなんて、洋兄さんに何かあったんじゃないかって不安になるよ」 「やはり洋の夢だったのか」  まさに今から尋ねるつもりだった洋の名が涼の口から溢れ、ますます焦ってしまう。 「夢の中では……僕は何故か洋兄さんになっていて……それで……あの男性は一体」  涼はその先を震えて口にすることが出来ず、頭を抱えてしまった。 「涼、大丈夫か。一体どんな夢だった? 洋に何かあったのか」 「安志さん、実はずっと怖くて……見ないふり、知らないふりをしてきた事があって……それは洋兄さんの過去についてで……」 「……」 「もしかして、いや安志さんはきっとその全てを知っているのだろうね。洋兄さんの身に、かつて何が起きたか」 「涼……それは……」  それは俺の口からは、とても言えないことだ。洋は育ての親に犯されてしまった悲劇を、涼にだけは知られたくないはずだ。涼の前では普通の従兄弟の兄としてありたい。そう願っていることを、いつだってひしひしと感じていたから。  眩しそうに愛おしそうに涼のことを見つめる……切なげな洋の表情が忘れられない。 「ごめんな。ちゃんと話せなくて」  無言で涼のことを抱きしめると、涼も俺の背におずおずと手をまわしてきた。 「きっと安志さんと洋兄さんが抱えているのは、重たくて深刻なものなのだろうね。僕も今見た夢の内容を話さないから、安志さんも無理して話さなくてもいい。でも不安だよ。急にあんな嫌な夢を見るなんて、まさか洋兄さんの身に何かあったんじゃ」 ****  正直、夢の内容はひどいものだった。今思い出しても、吐き気が込み上げてくる内容だった。まだ実際に起きたかのように躰の節々が痛む程、現実味を帯びていて怖くなるほどだ。  夢の中で僕は僕ではなく洋兄さんの躰に入り込んだようだった。鏡に映る僕の顔は洋兄さんだったから。似ているけれども全然違う、洋兄さんの静かな感情が心臓を冷たくしていった。  次の瞬間、誰かに腕を強く引っ張られて突然ソファへと押し倒された。暗くて顔ははっきり見えなかったが、僕の上に覆いかぶさってきたのは中年の男性だった。  洋兄さんは必死に抵抗していた。  いや抵抗したのは、夢の中の僕だったのか。  何をされるのかすぐに理解できた。  躰中に滴るような性的な興奮を浴びていたから…  下半身に突然襲ってきた衝撃とありえない程の焼けるような苦痛。夢の中ですら耐えがたい痛みが僕の躰を一気に貫いていった。それとリンクするように洋兄さんの悲痛な叫び声が頭に鳴り響いた。まるで僕自身の喉が潰れる程の苦し気な悲鳴だった。 「嫌だ! それだけは駄目だ。あなたは俺の……」  俺の……? その先は?  相手はもしかして洋兄さんのすぐ近くに、ずっといた人じゃないのか。    ひやりと冷たい汗が背筋を伝っていく。まさか……そんなことがあってはならない。 **** 「涼、しっかりしろ。どうしても今聞きたいことがあるんだ」 「洋兄さんのこと?」 「そうだ!昨日病院に来てから洋の様子が明らかに変だった。涼のことで動揺した以上の衝撃を受けていたみたいだ。何か気付いたことはないか? 昨日洋に変わったことはなかったか」 「僕も同じことを考えていたよ。そう言えば……Soilさんはどうしてあんなに驚いていたのかな」 「Soilさんって言うのは、モデル事務所の先輩か」 「うん凄く可愛がってくれているって、前話した人」 「実はな、洋は今日誰かに電話で呼び出されて、それから行方が分からない。さっきから丈さんも俺も得体の知れない不安を感じている。すぐにその先輩に連絡取れるか? 何か知っているかも知れない」 「分かった。僕の荷物を取ってくれる。すぐに事務所に連絡してみるよ」  その人は何も関係ないかも知れない。でも可能性が少しでもあるならば、一つ一つ確認していかないと気がすまない。 ── 洋が苦しんでいる ──  今は、その事が何故か手に取るように分かるから。

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