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下弦の月 5

 涼のことを見下ろせば、上半身が剥き出しで刺激を受け止め尖ってしまった乳首が俺の唾液でぐっしょりと濡れていて、ひどく淫らな姿になっていた。 「うわっ」  涼も慌てて躰を起こし着衣を整えてから、布団の中に深く躰を潜り込ませた。涼も俺も、ものすごくきわどい状態だった。あと数分ノックが遅かったら、とても人前に出られなに酷い状態になっていたに違いない。  涼はモゾモゾときまり悪そうに布団の中で膝を立てていた。俺の方も必死に、違うことを考えて冷静さを取り戻そうとした。 「おーい月乃? 俺だよ。入っていい? 」 「え……山岡? なんでここが……うっうん、どうぞ」  涼が気まずそうに俺の顔を伺ってくる。それもそうだ。相手は大学のクラスメイトだ。二人でじゃれ合っている姿を俺は見たことがある。  明らかに年上の不釣り合いな俺と個室に二人きり。しかもさっきまで俺達キスしあっていたんだよな。声……漏れてなかったか。大丈夫だろうか。途端にこんな場所で涼のことを夢中で求めて悪かったという後悔に苛まれた。  涼の唇がキスの余韻でしっとりと濡れているのを見て、さらに居たたまれない気持ちになった。急いで指先で拭ってやると、涼は俺にだけ聴こえるように小声で話しかけてきた。 「安志さんどうしよう? 大学のクラスメイトだ」 「あぁ適当に親戚とでも、言っておいてくれ」 「でも、それじゃ……」 「いいから」  カーテンの向こうから颯爽と現れたのは、やはりいつぞや横浜で見かけた青年だった。爽やかで好感が持てそうな奴だ。それに悔しいことに若さでいっぱいだ。 「あ……なんか俺……お邪魔だった? なんて! おいっ見舞いに来てやったぞ」  何故かその青年も頬を赤く染めていた。 「驚いた! わざわざありがとう。良くここが分かったね」 「おっお前な~講義すっぽかしまくって、教授も心配してたぞ。試験のこと忘れていたのか」 「あっまずい!」 「事情が事情だから……無理言って入院のこと事務所に教えてもらった。こういう時は、もうちょっと頼れよな。お前の両親はアメリカにいて、こっちには頼る親戚もほとんどいないんだろ」 「そういうことか。ごめん。試験のことすっかり忘れてた。単位大丈夫かな?」 「追試があるってさ。ところで……」  そう言いながらその青年はちらっと俺のことを見た。 「あ、どうも……俺は涼の遠い親戚で、鷹野っていいます」  咄嗟にそう答えてしまった。だって他に言いようがないじゃないか。俺と涼は十歳も歳が離れていて、どう見てもアンバランスだろ。その言葉に山岡という青年は合点がいったように相槌を打った。 「親戚? あっもしかして涼がたまに泊まったりしている人ですか」 「え? ああ……そうです」 「俺は山岡っていいます。月乃とは大学のクラスメイトで一応バスケ部でも一緒なんです。お互い帰国子女だから気が合って、なっ月乃」 「あっうん、そうだね」 「そうか、良かったな、クラスメイトが見舞いに来てくれて。俺はそろそろ帰るよ」  これは……先に帰った方が良さそうだ。そう思い、病室からそそくさと出て行こうとした時、涼に呼び止められた。その声は緊張で震えていた。 「待って、安志さん。安志さんは親戚なんかじゃない。僕の大切な人だ」 「え……? 涼、なんで!」  なんでそんなこと言うんだよ。俺はお前が傷つくのは嫌なんだ。そんな簡単に人に言っては駄目だ。焦って涼のことを見ると、真剣な眼差しで無言で頷いていた。  安志さん…大丈夫。こいつは信頼できるんだ。  そう目で語っているような気がした。 「あー」  クラスメイトは一瞬ぽかんとした表情になったが、その後すぐに破顔した。 「あああ……そっか、やっぱりなー」 「あっもしかして気づいてた?」 「ん……なんとなく……ってか月乃、お前声でかすぎ! 入って来たの俺じゃなかったら、どーするつもりだったんだよ! 俺はさ、向こうでも普通にゲイの友達いたし偏見ないよ。それに俺も美人な月乃ならありかもって思うから妙に納得できるな」 「山岡! お……お前、なんてこと!」  涼の方は顔を真っ赤にして、布団に顔を埋めて照れている。俺も躰が熱くなったり冷や汗がでたりで動揺している。しかし……これじゃ涼の方がずっとしっかりしているな。  涼は時々すごく大胆に潔くなる。それに比べて俺は親戚だなんて言葉で逃げようとして全く不甲斐ない。 「うん……だから、そういうわけ」  涼の方も思い切ってカミングアウトした割には急に照れ臭くなったらしく、もう、なんだかうやむやな蚊の鳴くような声しか出てこないようだった。

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