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重なれば満月に 10

 昨夜はいつになく丈と深く抱き合った。  記憶が途中でなくなるほどの熱い抱擁を、一晩中交わしたのは覚えている。  明け方、ふと目が覚めると俺は裸のまま丈の腕の中にすっぽりと抱かれていた。丈がこうやって一晩中温もりを分かち合ってくれていたのだな。 「温かかったよ。ありがとう」  寝返りをうち寺の庭先を何気なく見つめると、障子越しに曙色に広がる光の中に人影を見つけた。 「誰……?」  俺の躰は丈が処理してくれたようでさっぱりしていたので、枕元に置かれた浴衣をさっと纏い、そっと庭先に降りてみた。  人影は意外にも流さんだった。いつものように濃紺の作務衣を着て、手には箒を持っているのだが、ぼんやりと庭先を見つめる眼は心なしか切なく感じた。 「流さん?」 「あっ洋くんか、随分早起きだな」 「あっええ……まぁ」 「ふっ……昨夜も……弟は随分と君を可愛がったようだね」 「えっ!」  途端に恥ずかしくなって、昨夜の情事を見られていたのかと変な汗が出た。 「くくっ、そんなに焦らなくても見てはいないよ。でも今はばっちり見てるけどな」 「えっ? 」  流さんの指先が俺の胸元を指した。その視線を辿って自分の首筋から胸元を見下ろすと、赤い痕が点々とつけられていた。 「あっ」  慌てて浴衣の胸元を手で押さえた。  さっき急いで浴衣を着たので、袷が緩んでいたのだろう。流さんに指摘されるまで気が付かないなんて恥ずかしい。それにしても丈はいつもこうだ。こうやって俺の躰に愛した痕をつけるのが好きなんだから。特に嫉妬するようなことが起きたあとは強く沢山……はぁ……まったく。 「そんなに焦らなくても大丈夫だよ。俺たち兄弟は月影寺は……君たちのこと受け入れている」 「……ありがとうございます」 「ねぇ君は今幸せ? 」 「えっ? なんでそんなことを……」 「夕凪のこと……聞いたのだろう? 君が幸せなら先祖から頼まれていたことが成就するわけだから、俺達兄弟もお役御免になるのかなと思ってさ……そうしたら俺も……」 「……?」 「いや、なんでもないんだ。そうだ。本当に籍を入れるんだろ。ということは、本当に嫁さんになるわけだよな。よろしくなっ、洋くん」 「お……俺は男だから、嫁さんじゃないです」 「うん、そうだね。じゃあ新しい弟になるのかな? いずれにせよ忙しくなるよ。墓のことも大歓迎だからね。墓のことは俺と兄さんに任せて大丈夫だよ」  流さんは大海原のように広い心を持っている。 「流さん……何から何までありがとうございます」 「さぁ一度部屋に戻って、丈を起こしておいで。俺も翠兄さんを起こしてくるよ」 「珍しいですね……翠さんまだ眠られているのですか」 「あぁ、昨日は兄さんも珍しく深酒をしたからな」  そう話す流さんはどこか嬉しそうに笑っていた。独りで佇んでいる時のあの切なげな瞳は、なんだったのか。そしてさっき流さんが言いかけたことが少しだけ気になった。 (俺達兄弟もお役御免になるのかなと思ってさ……そうしたら俺も…)とは、一体何を意味するのか。    とにかく新しい朝だ。  下弦の月も姿を消し空には眩い太陽が輝いている。  昨日までと違う何かが始まるような新鮮な気持ちで一呼吸した。  欠けていたものが修復され、満たされていく。  そんな満ちた気持ちは、俺に前に進んでいくことへの勇気を与えてくれた。 「丈、おはよう。もう朝だよ……新しい朝が来た」 『重なれば満月に』了

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