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番外編( 安志編 ) 『苺と君…そして満月』1
「……結婚前夜ってさ、どんな気分だろうね?」
いつものように仕事帰りにこっそりと涼が遊びに来ていた。俺が夕食の洗い物をするのをご機嫌そうに眺めていた涼が、突然そんなことを言い出した。涼の口から漏れる『結婚』という言葉にドキッとした。
結婚か……確かに、俺の幼馴染の洋はもうすぐ丈とそうなるはずだ。では一体どんな気持ちで……涼は今それを口にしたのだろうか。どことなく寂しそうな横顔に不安になった。
「涼、何考えている?」
「ん……いや…僕にもいつかそんな日が来るのかなって」
またドキっとした。従兄弟の洋が、丈と入籍するという報告は俺達を幸せな気分にしてくれたが、同時に俺達の将来についてもちらっと考える機会となっていた。といっても涼はまだ大学1年生になったばかりだ。モデルの仕事も始めたばかりだし、これから先涼にどんな未来が待っているか分からない。
そんな状態で今すぐ先の約束をするなんて、いい加減なことは出来ない。
俺の中では、涼が大学を卒業して社会人になっても……それでも俺の隣にいてくれるのならば、その時は涼とずっと一緒にいたい。そう思っている。両方の親にもきちんと理解してもらって、ちゃんと幸せの中で過ごさせてやりたい。そう上手くいくかわからないが……
そんな漠然とした考えを持っていた。
窓辺で空を見上げている涼の元へ近づき、その細い腰を後ろからぎゅっと逃げないように抱きしめた。
「不安か?」
「んっ、安志さんが心変わりしないかが不安で……」
「はっ馬鹿だな。俺は逆を心配しているっていうのに」
涼はくるっと振り向いて、俺のことをじっと見つめて来た。
「安志さんと僕は、まだ短い交際期間だけど、もうこれ以上の人はいないって思うのは変なのかな?」
「涼…」
「好きなんだ。なぜだか分からないけど、もうそれしか考えられないよ」
じんと来た。
本当にこんなに俺だけのことを見つめてくれる可愛い恋人はもう二度と現れない気がする。
こんなキラキラに可愛い子が俺のこと、こんなにも好きでいてくれるなんて……たまに夢じゃないかと思ってしまう。つい嬉し涙が出そうになり恥ずかしくて、慌てて目元を擦り、話題を変えた。
「そろそろデザートにするか」
「うん!今日は何?」
「涼の好物だよ」
「あっもしかして苺?」
「そう、なんか季節外れだけどさ、今晩はストロベリーなんとかっていうらしくてさ売り出していた」
「あっもしかしてストロベリームーンのこと? 」
「そうそう! 」
「ふふっ、そうか……安志さんは意外とロマンチックだな」
「ん? 涼はこういうの嫌いか? 」
「いや、でも僕はどっちかというと…あぁもうっ!山岡が今日変なこというから」
涼はなぜか一人で百面相をしていた。しかし山岡ってあの涼のクラスメイトか。俺達の関係を知っているから、もしかしてろくでもないことを、涼に教えたんじゃないか。
「山岡ってあいつか! 何言われた? 」
「なっなんでもない! 」
何故か突然涼の顔がポンッと火がついたように、赤く染まった。
「涼、話せよ」
「なんでもないって、あ、ほら月を見てみようよ。本当にピンク色かどうかをさ」
「おっおう」
涼がしどろもどろになりながら、窓を開けた。途端にカーテンが揺れて、夏の匂いのする少し湿った涼しい空気が部屋にやってきた。
あぁ……いつの間にかこんなにも夏が近づいていたのだな。涼と出会った夏。もうすぐあれから一年か。
「ほら、月が見える」
「本当だ、確かに赤みがかった満月だ!すごい!写真撮れるかな」
涼が嬉しそうに夜空に浮か月をスマホのカメラで何枚か撮り出した。夢中に写真を撮る涼は少年の面影がまだ色濃く残っているし、さっきまでの紅潮の名残で頬がまだ赤くて本当に可愛かった。
頬の色……まさにストロベリーピンクっていうのか。そして夜空に浮かぶ月もストロベリー色。甘い砂糖菓子のような可愛い涼の笑顔に触れたくなる。もっともっと触りたくなる。ムラッとする気持ちが今晩も抑えられそうにないな。
「涼、そろそろ部屋に入ろう」
「ん、安志さん見て、この月綺麗に撮れたよ。ほらっ」
涼が嬉しそうにスマホの画像を見せてくれた。
「どれどれ? 」
涼のスマホを手に取り、ストロベリームーンの画像を楽しんだ。うんうん、なかなか綺麗に映っているな。ところが、もっと観たいと思ってスワイプすると一つ前の画像が突然現れ、目が点になってしまった。
衝撃だった!
思わずびっくりした声をあげてしまった!
「えっこれって」
「え? なに? アッ見ちゃ駄目だ! 」
「わっ」
「あああああ」
涼が焦ってスマホを奪い取って、そして悲痛な悲鳴を上げた。たちまちに沸点に達したかのように再び頬を真っ赤に染めてしまった。
それもそうだろう。その画像は女性と男性が上下に重なり合い、それぞれの大切な部分を思いっきり舐め合っている、まさにそのシーンだったからな。
いやまさか涼がこんなに積極的だと思わなくて、嬉しい反面……少し狼狽してしまった。
「りょ…涼、それってもしかして……69って体位だよな」
「違う! これはその……さっき山岡が送って来て」
「はははっ驚いた、涼……もしかして、これしてみたかったのか」
「だから違うって。山岡が今日は6月9日だから、だからこれを試せって!」
「ははっだから保存しておいたのか」
「もぅ……言わないで」
観念したように涼が首まで真っ赤にして頷いた。
「可愛い奴、おいで」
「嫌だ」
「涼としてみたかった、もう一度画像見たいな」
「絶対……嫌だ」
涼の真っ赤な頬、熟した苺みたいだな。
可愛い俺の苺みたいな君。
こんな可愛いことしてくれたら、俺は狼みたいにその苺を食べるだけだよ。
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志生帆 海です。
エブリスタさん500話更新記念として番外編SSを。
時期外れですが6月9日の満月はストロベリームーンといいます。
ムードのあるお話を書こうと思って書き出したのに、山岡くんの余計なおせっかいのせいで、なんだかコメディみたいになってしまいました。せっかくなので久しぶりにR18まで書ききりたいと思いますがどうでしょうか?
長くなったので一旦切ります。続きはまた。
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