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完結後の甘い物語 『蜜月旅行 12』

「はははっ! 兄さんそれはお子様用の褌だぜ? あんた程の大人なら、ちゃんと六尺ふんどしを締めた方が断然いいもんだ」  兄さんに着せようと手に持っていた黒猫褌を、しげしげと眺めたその初老の男性は、大声でせせら笑った。  その声に反応するように、翠兄さんは、なんと! 脱ぎかけていたハーフパンツを戻してしまった。  くそっ余計なことを!  あと少しだったのに!  俺は無念で思わず目を瞑ってしまった。 「へぇそうなんですか。でもあいにく僕たちは旅行者で、これしか持ち合わせがなくて」 「そうか、じゃあ。わしのを貸してやろう」 「え? それは申し訳ないです」  げっ駄目だ!  翠兄さんがまともに対応してる。  なんだか、もの凄く嫌な予感がする。 「いやいや、最近の若者は褌なんて見向きもしないのに、嬉しくてねぇ」 「実は僕も初めてです。でもこれは和装の下着としてもいいなと思っていたところです」  翠兄さんは和やかに話し出した。 「へぇ、君みたいな若い人でも和装なんてするのかい? それはまた珍しい」 「ええ、実は……僕は僧侶なもので」  にっ兄さん、やめてくれ!  そんなに容易く素性を明かすなんて……もう見てらんねぇ! 「おお! これはまた奇遇だねぇ! 実は私もなんだよ。しかし僧侶なのに褌をしめた事がないなんて、嘆かわしいものだねぇ」 「えっそういうものですか」  すぐさま兄さんが悔しそうな表情を浮かべたのが分かった。  この人は……こういうところは変に負けず嫌いなんだった。  やばいぞ。この展開…… 「当たり前だよ。じゃあ今まで修行の時はどうしていたんだい? 」 「それは……その……普通にトランクスを」 「ああやはり嘆かわしい。君のお父さんはサラリーマン上がりだろう?」 「えっ何故分かるのですか」 「いやねぇ……副業僧侶や途中まで寺を継いでなかった跡取りに多いんだよ。褌を締めないのは、息子にもだから教えなかったのだろう。さぁいい機会だからわしが教えてあげよう」 「成る程、それは僧侶として不覚ですね。では、ぜひお願いします」  その初老の男性が鞄からガサゴソと出したのは、まさに白いさらしだった。真っ白って、そっそれ透けないか。俺の大事な翠兄さんのあそこが!! 「ほれ。脱いだ脱いだ」 「はい、分かりました」  翠兄さんが素直にまたサーフパンツをずり下ろし始めた。  クソっ!流石にもう黙っていられない!  さっきとは違う意味でハラハラして来た。 「ちょっと待った!」 「あぁ?あんたは?」 「俺はこの人の弟です。その……つまり、寺では住職の付き人のようなもんです」 「それが?」 「俺がまずは習いたいので、兄をマネキン代わりに俺に教えてください」 「おお! そうかそうか。確かにこの兄さんよりは物覚えが良さそうだな。彼は随分おっとりしているしな」 「ええ、そうなんです! 兄は不器用なんです。だから俺が覚えますから」  力説した!どうしてもそのポジションを奪わないと! 「ひどいなぁ流は……でもいいよ。僕を使っても。流が学ぶといい」  翠兄さんも、にっこりと微笑んだ。 「流、旅にハプニングは付きものだね。とても刺激的だよ。思い切って来てみて良かった」  兄さんは、まるでこの状況すらも楽しんでいるようだった。 **** 「翠さんも流さんも、遅くないか」 「洋、恥ずかしがって話を逸らすな」 「で、でも……」  結局観念してラッシュガードを脱ぎ捨てて、俺はビーチマットにうつ伏せになると、南国の太陽の熱を吸い取った砂が、マット越しにも熱く感じられた。  丈は俺の横に座って、たっぷりの日焼け止めを手に垂らした。  その仕草が妙に余裕を持っているので、丈のことだから、またイヤらしいこと考えているんじゃないかって疑ってしまう。 「丈、余計なことするなよ。頼むから……」  拝むように頼み込む。  こんな公衆の面前で恥をかかすなよと…… 「大丈夫だ。こんなところで洋を苛めないから安心しろ」 「本当か」 「あぁ痛い位…期待に満ちた女性の視線を背中に感じているしな」  うわっ……やっぱり。 「さっさと塗ってくれ」 「あぁ」  振り向くと、丈の口元が嬉しそうに綻んだのが分かった。すぐに薄くて大きな手のひらが俺の背中に触れてくる。指先にクリームをまとっているのでヌルヌルと滑りがいい。そんな丈の手は迷いなく俺の背中を滑っていく。  医師なだけでなく、もしかしてマッサージの心得でもあるのか……妙に気持ち良いな。  丈に手で躰を撫でらるのがこんなに気持ちいいなんて知らなかった。不覚にも場所も考えず、ついうっとりとその感触を楽しんでしまった。 「洋、随分気持ち良さそうだな」 「んっ……なに? 」  少しぼんやりと答えてしまった。 「ふっ可愛い奴」  すると丈の何かを刺激してしまったのか、耳元で囁かれるのと同時に、丈の手が脇から胸元に忍び入って来た。 「こっちも焼けたらまずいだろう」 「んんっ!!」  丈の長い指先が胸の突起に触れると、途端に下半身が甘く疼いた。まるで感覚が繋がっているように反応してしまうのが恥ずかしい。これというのも、みんな丈のせいだ。 「おいっやめろよ」  慌てて起き上がって周りを見回すと、さっきまでこっちを見ていた女の子たちはビーチボールで夢中になって遊んでいた。  海岸にも人が随分増えていた。どうやら皆思い思いの休日を楽しんでいるようだった。  良かった。誰も見ていない。 「丈、ここじゃまずい。俺……」 「そうだな。続きは部屋でにしよう。あぁだがまだ塗り残しがあった」  ほっと安堵していると、丈が再び背中にクリームを塗ってくれた。俺の少し伸びてしまった襟足の毛を掻き上げて、首筋にも……なんともイヤらしい手つきで。 「洋は白いな。少し焼けた方がいいと思うが、赤くなったら可哀想だから、やはりよく塗っておこう」  確かに部屋に閉じこもって翻訳ばかりしていたから、日焼けしていない肌は、夏の海岸に不釣り合いな程、白かった。男のくせに、これじゃ……と、ふと丈の躰を見つめると、丈の方は、何故かすでに逞しい肌色だった。 「丈はそもそも何でそんなに日焼けしているんだよ。いつの間に」 「さぁな。私はもともと色黒だしな」  余裕の笑みを浮かべる丈が憎たらしいような。  それでいて今日は医師としてではなく、俺の恋人としてのびのびと過ごせている様子に嬉しくもなる。  まぁしょうがない。新婚旅行だもんな。  少し位羽目を外すのも悪くはないのかも……俺も次第にそんな開放的な気分になってきた。 「ところで丈……君さ、そんなに熱心に俺に触れているが、こっちの方は大丈夫か」  俺も負けじと、丈の超ビキニパンツのふくらみ部分に、そっと手を添えてみた。もちろん誰にも見えないように、さり気なくだ。

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