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『蜜月旅行 50』もう一つの月
ガチャガチャ──
ドアが突然開く音がした。
「あれ? なんで真っ暗なんだ?」
「本当だ。翠さん達、まだ戻って来ていないのかな」
丈と洋くんの声に、はっと我に返った。
どうしよう!
焦りと恐怖で一気に強張る躰をぐいっと掴まれた。
「翠、こっちだ」
流は抱き合っていた窓辺から僕を急いで引きはがし、自分たちの部屋へと一気に押し込んだ。部屋のドアを閉めた途端にリビングに明かりが灯り、人の気配を感じた。
「あっ……」
駄目だ。躰が震えて、呆然としてしまう。へなへなと座り込みそうになった僕の躰を、流がしっかりと支えてくれ、乱れた浴衣を手際よく直し整えてくれた。
「よし、これで大丈夫だ」
最後にふわりと優しく抱きしめられた。まるで幼い流のことをいつも僕がそうしてあげていたように、背中を優しくトントンと叩かれるとほっとした。
「兄さん……悪かった。もう大丈夫だから……落ち着いて」
兄さんか……いつもそう呼ばれると嬉しかったのに、何故か寂しく感じてしまった。僕のことを「翠」と、またそう呼んで欲しい。そう言いたくなったが、その言葉は呑み込んだ。その代りに唇にそっと手をあてると、そこはまだしっとりと濡れていた。
流と口付けを交わした時間は、とても長く深かったのだ。
さっきまでここに流の唇が……そう思うだけで顔が熱くなる。舐められた胸も、流に押し付けてしまった下半身も再び熱くなってしまう。
間もなく僕たちの部屋のドアがノックされた。
「流兄さん、翠兄さん、いますか」
丈の声だ。
「あぁ悪い。少し横になっていた」
流が応対してくれるのを、ベッドに座りながらぼんやりと聴くことしか出来なかった。
どこかまだ夢見心地で、躰に力が入らない。
しっかりしろ翠。
自分を励ますが、なんだか一気に疲れが出てしまった。
はぁ……僕は……なんてことをしてしまったのか。そのまま躰を投げ出すようにベッドに預けると、再び睡魔に襲われてしまった。
「翠兄さんは?」
「あぁ、慣れないことばかりで疲れがでたのだろう。もう少しだけ寝かしてやってくれ」
確かに少し眠った方がいい。今この状態で、丈の前にはとても出られない。どんな顔をしたらいいのか分からない。混乱を静めるためにも、自己防衛のように眠ることを選んだ。
本当に慣れないことばかりしてしまった。
なんという一日だったのか。
それにしても次に目が覚めたらどんな顔をして、流を見ればいいのか。
混乱・困惑に苛まれつつも……確かに芽吹いてしまった流への思いを消すことは出来ないと確信してしまった。
「本当だ。翠兄さんは眠っているようですね」
「あぁ少し経ったら起こすから、先に酒を飲もう」
「分かりました。じゃあ用意していますね」
「了解! 俺はルームサービスに夕食を頼んでおくよ」
「お願いします。あ、洋の好きなハンバーグを忘れずに」
「ハンバーグ?」
「えぇ」
「くっ可愛いな。じゃあ翠兄さんの好きな寿司も頼もう。で、丈は何が好きだ?」
「私はなんでも食べますが……」
「可愛げがないなぁ。じゃあお子様セットにするか。丈ちゃんよ」
「兄さんっ!いい加減にしてくださいっ!」
場が和み……流がルームサービスへ電話をしている声を子守歌にして、僕は眠りにつけそうだ。
「翠……少し休め」
僕の頬に触れる手を感じ、耳元で甘く囁く優しく穏やかな声が聴こえたような気がした。
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