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『蜜月旅行 65』もう一つの月
月光を背に僕に覆い被さっている流の顔を、じっと見つめた。
こんな状況でも頭は不思議と冷静で、今から自分の躰の中に入って来るものを操る男の顔をよく見ておきたいと思った。
流は切羽詰まったような……見たことがない表情を浮かべていた。
長い黒髪が乱れ、顔に無造作にかかり野性的で、眼の奥には欲情の炎が燃え上がっているのが見えた。
「流……」
男の僕にこんなに欲情してくれたことに感動を覚えた。
流の想い……ずっと気が付かなかったわけじゃない。
それでもやはり血の繋がった兄弟だという現実を捨てることが出来なくて、こんなにも長い年月が過ぎてしまった。
このまま死が僕たちを別つまで、兄と弟として生きていくと思っていた。
それでも流は僕の一番近くにいてくれる人だというのには変わらないのだから、それでいいと達観していた。
だが青天の霹靂ともいうべきことが起きた。
転機が訪れたのだ。
弟の丈の存在が、僕たちを新しい世界へ進むことを許してくれた。
そう……あの『重なる月』が許してくれたのだ! 僕たちが一つになることを。
「翠……冷静だな。そんな涼し気な顔して」
流の手が僕の頬に優しく伸びて来たので、僕はその手を取りそっと口づけした。
「挿れてくれ……流のもの」
流の表情に勇気づけられた。もう覚悟は出来た。
すでに大きく左右に開かれた脚の間には、流の硬く熱く濡れたものの先端があたっていた。 僕は腰を少し浮かし、まるで縋るように流の背中に手を伸ばして流を誘導した。
「来てくれ」
「翠っ」
短い呼びかけと共に、それは突如めり込んで来た。
熱く硬く勢いよく……!
「うっ」
躰をギュギュっと押し開かれていく。
「……っ」
痛かった。覚悟の上受け入れたはずなのに、想像を上回る痛さで、自然に涙が溢れてきた。
「うっ……いっ…」
僕は必死に痛みを堪えた。流に悟られたくない。
「翠ごめん。痛いよな。今、我慢しているよな」
あぁでもそんな風に言われたら……弱音を吐いてしまう。
「翠……頼む。力抜いてくれ。もう少し…」
「無理だっ。流、痛っ、痛いんだ。想像よりもずっと!」
痛みを我慢できずに、とうとう流に向かって僕は弱音を吐いてしまった。
仏門の修行なんて、何の役にも立たない。
「んっそうだよな。翠のここは初めて男を受け入れたんだから」
「そんなこと……言うなっ……っ……流、もう無理だ。お願いだ。もう抜いてくれ」
熱くてその部分がぎちぎちに広がって裂けてしまいそうだった。流と繋がっている部分が、とにかくじんじんと痛かった。
こんな痛みは知らない。
体験したことがない痛みに苛まれ、気が付くと眼からはぽろぽろと止めどなく涙が零れ落ちていた。
こんな風に人前で泣いたことは滅多にないのに、流の前だと涙腺が壊れたように泣けてしまうのは何故だろう。
「翠……今日は素直だな」
流が舌先で涙をなめとった後、痛みですっかり萎えてしまった僕のものを弄り出した。じっくりと指先で愛撫されると、少しだけ緊張が解けて来た。
「はっ……うっ…くっ」
快楽と苦痛が交じり合い、なにか別の感覚が芽吹いて来た。それは下半身へと直結しているようで、ジンジンと再び疼き出して来る。
「もっと奥へいいか」
緊張が緩みだした頃を見計らって、流のものが根元までぐっと一気に進んできた。
「うぅ──」
衝撃に悲鳴をあげそうになったが、必死に外に聴こえないように自分の口を必死に塞いだ。
「はぁっすごい。翠の中熱い、蕩けそうだ」
「あっ……」
「翠、全部受け入れてくれてありがとう。分かるか。俺と翠が一つに重なったこと」
「あぁ……分かる。僕の中に……流がいる」
とうとう僕は、実の弟と繋がってしまった。
腹の中に熱いものが満ちていて、それはドクドクと鼓動しているのが分かった。
未知なる体験だった。
痛みを通り越した先に待っていたのは、罪悪感を上回る喜びだった。
こうなることを、ずっと待っていた。
ずっと触れて欲しかったよ。僕の躰に……
ずっと……いつから?
目を閉じれば浮かぶ。僕たちの遠い昔の情景。
(この世が無理なら次の世で……それも無理ならまた次の世で……どうか君に巡り逢わせて欲しい。もしもまた逢えたら、今度は君の方からも探してくれよ。求めてくれよ、僕のこと。一人はもう寂しいんだ。君とこんな風に離れたくなかった)
先ほど譲り受けた月輪のネックレスを見ると、それは満ち足りたように光を放っていた。
光に誘われるように走馬燈の如く知らなかった過去の記憶がまわり出す。
その悲しい過去はやがて今の僕と重なり、霞むように溶けていった。
あぁ……僕の中の彼も喜んでいる。
二度と結ばれることがなかった二人が、今……ようやく結ばれたのだから。
「ありがとう……」
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