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『蜜月旅行 77』明けゆく想い
俺が丈にシマウマに似ているって言ったのは、見た目のことだ。白と黒のコントラストが美しく凛々しいと思ったから。なのに流さんがつらつらと余計なことを言ってくるもんだから、丈の機嫌はみるみる悪くなるし焦ってしまった。
「シマウマってさ、馬よりもはるかに警戒心が強く、ほとんど人に懐かないんだぜ。懐かなかった弟って言う点ではぴったりだよな、丈に」
「え? いやそんなつもりじゃ……ちょっと流さん、もう黙っていて下さいよ」
「ははっ、それに群れで生活しているが、普通は1頭の雄を中心に複数の雌とその子どもたちからなるハーレム的な群れをつくっていているんだって、丈もそうか?」
丈はもう流さんには付き合っていられない表情で一歩前を歩いて行くもんだから、俺だけが相手をする形になってしまった。それにしても聞き捨てならない単語が出て来た。
「はっハーレム?」
確かに病院で白衣を着ている丈はとびっきりカッコ良くて、看護師さんや患者さんからもてているようだ。今年のバレンタインだって、実は沢山のチョコレートをもらったことを後から知って喧嘩になりそうだったし。
今から来年のバレンタインのことを考えると、胃がムカムカしてくる程だ。
そもそも俺は生れてこの方、女の子にもらうチョコよりも男からもらう方が多いという悲しい結果だったから、余計に女性にもてる丈への嫉妬心があるのかもしれない。
丈と暮らしていて、籍も入れたというのに……不思議なもんだな。でもそれだけ丈が魅力的だってことだ。
「お? 洋くん心配になっちゃったか」
「ちっ違いますよ」
茶化すように言われカッとしてしまう。さっさと行ってしまう丈のところへ逃げようと思ったら、流さんのことは翠さんがびしっと窘めてくれた。
「こらっ流、調子に乗るんじゃない。洋くんが困っているだろう。お前の過去をばらしてもいいんだぞ。迷子になって泣きべそかいたのは誰だったか」
「あっ兄さんそれはナシ! 言わないでくれ」
「くくっ……流はこう見えても意外と小心者なんだよ。洋くんは丈のところへ行ってあげるといいよ。丈はなかなか自分から感情を素直に見せることはしないが、動物園に洋くんと来られたことを、とても嬉しく思っているよ。さぁ二人の時間大切にして」
「あっはい!」
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今、翠兄さんと二人きりだ。
そんな些細なことも、本当に大きな喜びになる。
「翠兄さん、俺達も歩きましょうか」
「うん、そうだね」
洋くんは丈と肩を並べて、楽しそうに歩きだした。
俺たちはその光景を見守るようにそっと付いていく。
しかし、真夏の動物園はくそ暑いな。
翠兄さんの体力は大丈夫だろうか。
ちらっと横目で様子を伺うと、心なしか歩き方がぎこちないと感じる。もしも昨日の行為のせいだったらと思うと、居たたまれない。
男同志求め合うことは、受け入れる方がずっと体力的に負担で大変なのは重々分かっていたのに、止めてやることが出来なかった。
翠に過大な負担を掛けたことを感じていた。
木陰を選びながら動物展示ゾーンを練り歩き、やがて洋くんが見たがっていたグラントシマウマの前にやってきた。
シマウマなんて久しぶりに見た。
説明文を読むと……
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グランドシマウマはヌーやダチョウと共に群れをなして生活し、ヌーと共に季節的な大移動を行います。 特徴の縞模様は個体によって模様が異なり、派手に見えますが、夕暮れの草原では保護色となり、発見しにくくなります。
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へぇ……夕暮れの草原では発見しにくくなるか。そういえば俺が上野動物園で迷子になったのも、夕暮れ時だったな。
キリンが見たくて家族の輪を一人で勝手に外れたせいで、黄昏時に似たような家族連れが行き交う中、帰る場所を見失ってしまったのだ。
戻りたくても戻れないことに焦って、翠兄さんのことばかり呼んでいた。
父さんでも母さんでもなく、翠兄さんに会えなくなったらどうしようと、そればかり考えていた。
「そういえば……流が迷子になったのも夕暮れだったな」
どうやら翠も同じことを考えていたようだ。
「そうですね。あの頃の俺は、兄さんよりも背が随分低くて、早く兄さんを抜かしたいとそればかり思っていたんですよ。だから見上げるほど長身のキリンに目を奪われて」
「結果、派手に抜かされたな」
「嬉しいですよ。兄さんよりも大きくなりたいの一心だったから」
「……そうか……だが」
翠が何かを言い淀んだので、その先を促してみる。
「だが?」
「うん……もう迷子にはなるな。ずっと……僕の傍にいてくれ」
「……っ……翠…」
全く澄ましているようで、急にこんな甘えたことを言うんだから、翠は可愛いよ。
好きで愛おしくて堪らない。
可愛くて可愛くて、今すぐにでも抱きしめたくなる人なんだ!
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