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『蜜月旅行 79』明けゆく想い

 翠はもう寝たのか。  さっきまで寝付けないようで、もぞもぞとしていたようだが、今は身動き一つしなくなった。  俺も煩悩を抑え込み、あと少しで夢の世界へ行けそうだ。やっとウトウトとし出した瞬間……背中をそっと撫でる手を感じた。  あぁ……これは夢か。  昔のように翠兄さんが俺の背中を撫でてくれている。  俺は小さい頃、癇癪を起すといつもこうやって布団に丸まりいじけていた。そんな時は俺を心配した翠兄さんが必ず布団の上から背中を撫でてなだめてくれた。  全く……俺という人間は、あの頃と少しも変わらないな。  この歳になっても、翠を抱きたいのに抱けないことに苛立って、不貞寝しているのだから。なんて不様だと、夢の中で思わず苦笑してしまった。  それにしたって、いつまでたっても俺は兄さんにとってまだ小さな弟になのか。背中を撫でる手の温かみを感じつつ、夢現でぐるぐると昔と今の自分を比べてしまった。 「流……なぁ寝てしまったのか」  撫でている手の感触がふと消えたかと思ったら、今度は頭上から声が降って来たので、流石にぎょっとして覚醒してしまった。 「なっなんです?」 「あっ良かった。起きていたのか」 「いや寝てましたよ…もう……」  頭を隠すように被っていた布団をはいで上体を起こそうとすると、それを翠に制された。 「翠?」 「なぁ流の布団に入ってもいいか」 「はぁっ?」 「……眠れないから」 「……はぁ」  全く翠は鈍感なのか、それとも誘ってんのか。もう溜息しか出て来ないぞ。柄にもなく戸惑っている間に、翠はほっそりとした躰を強引にシーツの上へと進めて来た。 「おっおい?」 「……流、今日は僕と共に寝てくれ」  ちょっと待てよ。「寝てくれ」てってさ、それってどういう意味だよ。あーもう、俺が必死に我慢して静めた熱が復活してしまうじゃないか!でも翠のことだからその「寝る」は普通のおやすみなさいってことなんだろうと推測できる。 「ったく、しょうがないな。翠は……」  セミダブルのベッドだから、男二人で横になるには少々手狭だが、俺は躰をずらして翠の寝場所を作ってやった。するりと翠の躰が入り込むと、翠の腕と俺の腕が密着した。  昨日抱いた、愛した躰がすぐ横にある。  これは何の拷問だ?  だが案の定、翠はそういうことは気にしていないようで、嬉しそうに笑った。 「ありがとう。なぁ流……懐かしいな。流が小さい頃こんな風に同じ布団で眠ったことがあって。お前はよく僕の布団に潜りこんできてくれたんだよ」 「覚えていない。そんな昔のことは……」  いやそれは嘘だ。  本当は覚えている。何故だか母親の温もりよりも翠の温もりが恋しくて、よく兄の布団に潜りこんだこと。おねしょをしても、翠は嫌な顔一つせずに洗って一緒に怒られてくれた。 「うん、そうだね。お前が小学校の低学年の頃までかな。でも僕はいつだって嬉しかったよ。僕は本当は一人は寂しかったから」 「知っているよ。翠が一人が苦手だってこと位……」 「そうか」 「ええ、雷も怖いでしょう。暗闇も、早起きだって苦手だ」 「驚いたな。流にはなんでもお見通しか。それじゃあ……もう流に隠せるものがなくなってしまったな。昨日で僕のすべては……暴かれてしまったしな」  昨日で暴かれた? って翠の躰のことを言っているのか。  その一言で何かがプツリと音を立てて切れた。 「翠、誘ってるのか、それ!」 「え?」  目を丸くする罪な顔。 「……静かに出来るか。翠」 「な……に?」  まだ遠くで話声やテレビの音がしていた。  丈や洋くんが起きている中、翠を抱けるか。  俺は優しく抱けるか。  翠は静かにできるか。  なんだか目まぐるしい程いろんなことを、一気に考えた。  不思議そうにぼんやりと俺のことを見つける翠に口づけをした。  途端に翠ははっとしたように震えた。 「流、駄目だって……まだ、丈たちが起きているのに」 「翠が煽ったんだ」 「え……あ……」  眼が泳ぐ翠の様子……もしかして、まんざらでもないのか。  翠が求めているものは何処にある。 「じゃあ何で此処に来たんだよ。昨日の今日で俺が我慢できるとでも? 長年恋焦がれた翠の躰を開いたばかりの俺なんだ。今日は負担を掛けないようにと必死に我慢していたのに」 「あ……悪かった」 「翠っ昨日みたいに強引にはしない。優しくそっと触れるから許してくれないか。翠の躰をよく見てみたい」  闇雲に焦って抱いた昨日とは違う。  今日は静かにしないといけない分、翠の躰の隅々まで見てみたいと思った。いつも袈裟に隠れて見えない躰の内側を、よく見てみたい。  こんな考えいやらしいか。  それでも俺の手はもう止まらない。  煽ったのは翠だ。 「流……」  翠の頼りない声と脱力した躰に、その気持ちが一気に高まった。 「見せてくれよ、全て」  俺はベッドサイドの照明のスイッチに、そっと手を伸ばした。

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