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『蜜月旅行 89』終わりは始まり

「流、よせ! こんな場所でっ」  Tシャツ越しに、それまで意識したこともなかった僕の乳首がツンと尖っていくのが分かり唖然とした。ましてそれを布越しに流の手できゅっと摘まれると、電流が走ったかのように下腹部が震えた。  そんな……違う。  こんなの僕じゃない。  知らない……こんな躰。  自分の躰の反応に怖くなり思わず躰を捩って、流の腕の中からすり抜けた。そのままパシャッと水音を立て泳ぎ出すと、すぐに流が僕が追いかけてくるのを背後に感じた。  まるで僕たちは二匹の魚のようだ。  一度泳ぎ出せば、躰が覚えている。僕は自由に伸びやかにクロールで進めた。  はぁはぁと短い間隔で息継ぎをする度に、南国の高い青空が見える。  僕は昔……海で泳ぐのが怖かったんだ。高校生の時、授業で遠泳をしていると、海の中が暗くて何も見えないことがいつも不安だった。でも息継ぎをする度に見上げる空が、どこまでも澄んで美しく、そこへ神経を注ぐと急に楽になれた。  何事も暗くネガティブな部分ばかりにとらわれず、明るくポジティブな部分を見ることが大事だ。  世界はそれだけで色を持つ。  そのことを身をもって感じた。  それから泳いでいると、鼻に水が入ったり海水を飲んだり呼吸が苦しかったりと、いろんなことが起こり、焦ったこともあった。でもフォームを整えれば自然と呼吸も整い、楽になれることも知った。  そうだ。最初から小さなことばかりを気にしてはいけない。やってみなければ分からないし、変われない。  僕と流の……この旅行で始まった兄弟を飛び越えた新しい関係。  さっきは弟の愛撫に素直に反応する自分の躰に驚いて、真っ直ぐに進んで行くことが怖くなってしまった。だがこうやって波に身を任せ、正しいフォームでぶれずにいれば、ちゃんと泳げるのと一緒で、誰にも迷惑をかけずに続けられる道があるのではと思えた。  つまり……希望を持てた。 「翠、置いて行くな」  流に追いつかれて、再び背後から抱きしめられた。僕を水中で優しく抱きしめ、ほっと溜息をつく流の熱い息が首筋にかかり、ぞくっとする。 「流、ごめん」 「翠、焦った。急にすり抜けないでくれ」 「分かった……もう逃げない」  二人で抱き合うような形で流されていくと、ちょうど小さな島のような岩場が見えて来た。  そこへ……僕は連れて行かれるのか。  そこで……僕は抱かれるのか。 「翠……寺に戻ったら、もうこんな風に抱けない。青空の下で堂々と抱けない!」  流が苦しげに、吐き捨てるように呟いた。

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