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『蜜月旅行 96』終わりは始まり

 まだ乾ききらない躰のまま、ベッドの上に仰向けに寝かされた。すぐに丈も真っ裸のまま、俺の上に覆いかぶさって来た。  ポタポタと丈の乾ききらない髪の毛から、水滴が俺の胸に落ちて来た。 「……どうしてだろうな」 「ふっ……何が?」  丈が、耳元で喋るのでくすぐったい。 「洋の躰は底なし沼のようだ。なんでこんなに毎日抱いても飽きないのか」 「うん、俺もなんでこんなに丈に抱かれるのが心地よいのだろう。俺達この旅行中、ずっと抱き合っていたな」 「洋、少しやせたんじゃないか」 「ははっそれは食べるよりも、抱かれる方が多かったからな」  俺のウエストラインを丈が手のひらで撫でてくる。 「だが洋は丈夫になってきたな。前はよく熱を出していたのに」 「丈の健康管理がいいからさ。さぁ俺を食べるの? 食べないの?」  そんな風に誘う言葉も自然と出て来てしまう。それだけ俺は心からリラックスしてるということだ。 「洋、今日は随分煽るな。さっきから好きなように抱いていいとか、珍しいな」 「それは丈のことが好きで信頼しているからだ。そうじゃなきゃ、俺の躰を明け渡すなんてこと出来ないだろう? 」 「そうだな、光栄だよ。さぁ抱くよ」  丈の逞しい腕が腰にまわり、ギュッとその広い胸に抱かれる。心臓の音が規則正しく聞こえてきて、それだけで俺はほっとする。好きに抱いていいと言ったのに、普段と違うことをされると思ったのに、丈はどこまでも丁寧に優しく俺を抱いた。  いつだって丈と繋がるときは、自分の躰の中に丈がやってきて、甘く蕩けさせられるような感覚になる。  その度に込み上げてくる想いはただ一つ。  丈が好きだ。  明日も明後日も、ずっと俺達はどこまでも一緒だ。  ただそれだけのシンプルな願い。  最初は激しく、次は労わるように、最後は愛おしむように何度も丈は俺を抱いた。  流石にお互い疲れ果てお腹も空いたので、一旦シャワーを浴び夕食にした。丈が頼んでくれたルームサービスのサンドイッチを摘まみながら窓の外を見ると、突然大輪の花火が打ちあがった。  ホテルの庭から上げているようで、窓一面が花火で覆われるような迫力だ。  俺は丈にもたれ、その腕の中で花火を見上げた。宙を自由に駆け巡る流星のようだとも、宙に咲き誇る大輪の花のようにも見えた。 「綺麗だな」 「でも洋よりは劣るがな」 「はぁ……丈は本当に……」 「なんだ?」 「俺を甘やかしすぎる」 「そうか」  旅の終わりにふさわしいセレモニーだ。  蜜月旅行はもうすぐ終わる。  明日からは俺と丈のまた新しい始まりだ。  改めて丈に告げるのは決意のような言葉。 「丈、俺は……変わるよ。どんどん変わるから見ていて欲しい」 「どうした?急に」 「丈に似合う人になるよ。もう自分を抑え込まない、自分を解き放つ、だからずっと傍で見ていてくれ」 「あぁ洋はもう自由だ。何も怖がらなくていい。思うままに生きて欲しい」 「ありがとう」  大好きな人の胸に抱かれ、明日からの始まりへの決意を語る。  こんな幸せなことがあるのか。 「来てよかったよ、ここに」 ****  流は僕をシャワーブースに立たたせまま、長い時間をかけて全身をつぶさに観察しているかのようだった。時折啄むように口づけを落とすのが何故だか分からなくて、その度に身を捩ってしまう。 「ん……あ……何? そこ……」 「翠のホクロ、こんな所にもあったのか」 「そんなこと……してたのか」  ホクロの位置に口づけしているらしく、脇腹や太腿の内側を口づけされるから、ムズムズとした快感が迸って堪らなくなってしまうよ。 「翠、後ろ向いて」  ガラスの扉に押し付けられるような形になってしまう。その向こうの姿見に、僕の躰がすべて映っているのが見えて驚いた。  なんて卑猥な格好をしているのか……躰を押し潰すようにガラスに押し付け、背後から流の愛撫を受ける姿。  僕の顔。  僕の眼。  僕の口。  まるで知らない人みたいだ。これは誰なんだろう。  僕が僕じゃないような不思議な時間、不思議な空間だ。 「これで全部かな……あ、最後は一番好きなここ」  流が僕の顎を持ち上げて、左目の下にあるホクロにキスをした。 「翠の泣きぼくろ、色っぽいよな。いつもゾクゾクしていた」  長い時間をかけて躰の隅々まで暴かれた気分だ。だが相手が流だから、僕はすべてを解放してしまうのだ。  シャワーで泡を流され、流に腕をひかれて今度は湯船に浸かった。ホテルの広い湯船の中に、流に背後から抱きしめられるような形で浸かった。  流が僕の乳首を捏ねるから、僕は身を捩った。パシャッと水が零れ、はっと横を見ると、そこも鏡だった。 「……っ……参ったな」 「どうした?翠」 「あそこにもここにも鏡がある。一体このバスルームはどうなっているんだ?」 「そんなこと気にしていたのか。くそ可愛いな」  チュッっとこめかみにキスを落とされる。  もう流はどこまで僕を甘やかすつもりなのか。でも、そんな風に扱ってもらうのが心地よかった。そして僕の方も流をどこまでも甘やかしたい気分になっていた。 「流……もういいから、もうっ……ベッドに行こう」 「へぇ、翠からそんな風に言ってもらえるなんて、嬉しいな」  晴れやかな顔で流が笑う。その顔があんまりにも男らしくてカッコいいものだから、思わず見惚れてしまったよ。  流が湯船から出た僕の躰をさっと拭いて、バスローブを羽織らせてくれた。どうせすぐに流に脱がされるのに綺麗に袷を閉じ、丁寧に腰ひもを結わいていくのには、苦笑してしまった。 「僕はもう流がいないと生きていけないな」 「翠、嬉しいよ。俺は翠の恋人になれたのか」  真面目な顔で流が聞いて来た。  この後に及んで、他の答えなんてないよ。 「あぁ、流は僕が恋する人だ。その……流が欲しくて堪らなくなるのだから」

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