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第2部 第10章 プロローグ
一学期の終業式が終わり、明日からは夏休みだ。
学校中に置いてあったあらゆる荷物を持って汗を流しながら歩いていると、後ろから声を掛けられた。
「薙、転校するって本当か」
振り向くと隣のクラスの大して話したことない奴が立っていた。
えっとお前……なんて名前だっけ?
「おいっ本当かって聞いてんだけど?」
「あぁ本当だよ。秋にはもうここにはない」
「そっか……それでどこへ行くんだ?」
「……鎌倉ってところ」
「カマクラ?……そっか」
話は続かずに、そいつとはそのままバイバイと手を振ってあっさりと別れた。
俺の転校の理由なんてわざわざ言う必要はないし、言うような友人もいない。それを何であいつが知っていたのか。首を傾げながらポケットから鍵を取り出し、マンションの部屋に入る。
「……ただいま」
長年の習慣でつい口に出してしまうが、返事はない。
オレの家には、父がいない。
母は美術関係の仕事をしていて、地方を飛び回って大忙しだ。だからもうずっと前から一人で家に帰り、一人で夕食を食べてを繰り返している。俺は母の時代の言葉だと『鍵っ子』と言うらしい。だが、そんなことで女々しく泣くような柄でもなく、どこか客観的に自分の状態を冷めた目で見つめるような子供だった。
ただ「ただいま」と口に出してしまうのは、ずっと黒猫を飼っていたからで……でも、あいつはこの春に死んじゃった。
洗面所で手を洗いながら、鏡に映る自分の顔をじっと見る。
オレは森 薙(もり・なぎ)中学二年生、十四歳。
顔は父親似と言われるのに、何故か女の子と間違えられることが多い。
性格は母親似と言われるのに、ちっとも優しくなんてなく喧嘩っぱやい。
どうなってんだ?
あ……それから父がいないっていうのは死んだわけではなく、一緒に住んでいないってこと。つまり世間では「離婚」って言うやつ。でも母親だけだからって、苦労したわけでない。
小さい頃から好きなものは何でも買ってもらったし、美味しいものも食べられた。何も困っていない。父親にだって年に数回は会える。
といっても中学に入ってからは面倒で、オレの方から都合が悪いと断ってばかりで、もう一年以上会っていないけど。
そんな母から先日突然切り出されたのは、夏休みが終わったら父親のもとへ行かないかってことだった。
「えっ……それじゃ母さんはどうするの?」
「フランスに行くのよ」
「はっ?」
「えっとね、向こうの大きな美術館に就職が決まったのよ。薙のことも連れて行ってあげたいけれども、外国だし、いろんな面で手続きが大変でしょう」
「あぁそういうことなら、いいよ。父さんの所で暮らす」
まるで最初から何もかも決まっていたような大人の事情。
それでもオレは行くよ。
新しい何かを探しに。
ここでは何も見つけられなかったから……
あとがき(不要な方はスルーしてください)
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志生帆 海です。いつも読んでくださってありがとうございます。『蜜月旅行』100話いかがでしたでしょうか。ひと時の甘さを堪能していただけたなら嬉しいです。
さて、いよいよ『重なる月』第2部10章スタートです!
ここから更に第一部と同じ位の分量ありますので、完結表示も取り下げました。
プロローグはこの章の要になる薙くんの登場でしたね。もちろん丈&洋CPと流&翠CPのラブラブも引き続きお届けしますね。まだまだじれじれ行く予定です。
~設定~
丈の長兄である張矢 翠は大学卒業後すぐに24歳という若さで、都内の寺の一人娘の森彩乃と見合い結婚をしてしまった。いずれは住職として継ぐはずだった月影寺を捨て、都内の森家の寺で働くことになったのだ。いわゆる婿養子状態になって、流とは疎遠になっていく。
またハネムーンベイビーで、すぐに薙が生まれた。最初は順調だった結婚生活が、次第に仕事優先の彩乃と上手く行かないことが増え、薙が5歳の時に29歳で離婚してしまった。
再び月影寺に戻って来た翠は、そのまま36歳まで流と二人で暮らしていたが、そこに突然丈が恋人の洋を連れて戻ってきた。
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