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引き継ぐということ 3
お堂から自分の部屋に戻り、書斎の椅子に深く腰掛けた途端にスマホが震えた。
表示された相手は僕の元妻……森 彩乃だった。
いよいよなのか。
一呼吸置いてから通話ボタンを押した。
「もしもし……」
「翠さん? ご無沙汰しています。彩乃です」
「……うん」
直に話すのは久しぶり過ぎて、何を話したらいいのか思いつかない。ずっと用件のみを手紙かメールでやりとりをしていたから、僕たちの間には生身の言葉が消えていた。
「ふっ相変わらず無口ね。出国する日が決まったのでお知らせしようと思って」
「いつ?」
「来週の今日なの。羽田空港からエールフランスの夜便で行くわ。手紙であの子の書類等は受け取っていると思うけれども、薙のことをよろしくお願いします」
「うん分かった、何処に薙を迎えに行けばいい? 」
「あの子は空港に見送りに来るので、そのまま置いていくわ。あっでも翠さんは来なくていいから」
「えっどうして?」
「今更でしょう。出国する時にあなたの顔なんて見たら、失速しちゃうわ。だから薙のことだけ、誰かに迎えに来させて。薙もあなたと会うのは久しぶりすぎて緊張するだろうから、必ずそうしてね」
元妻からの電話は、相変わらず一方的な内容だった。でもそれに対して僕は何も言い返せないのだから、不甲斐ない。
いや、彼女が悪いのではない。
彼女の歩む速度が速すぎたのだ。
僕の速度とあまりにかけ離れていて、暮らせば暮らす程、僕は息苦しくなっていった。全ては逃げ出すように投げやりな結婚をした僕のせいだと、分かっている。彼女との結婚生活は薙が生まれた事によって、なんとか繋がっていたのだが、それも長くは持たなかった。
結局薙が幼稚園に通う頃には、何もかも上手くいかなくなった。
その後の離婚に向けた処理は、彼女の言う通りにした。
少しだけ頭が痛い。
薙は僕に似ていない。
顔は良く似ていると言われるのに、中身がまるで違うのだ。成長していくにつれて、自分の息子なのに戸惑っていた。ずっと手元で一緒に成長したら違ったのかもしれないが、僕たちはそうじゃなかった。親子の溝は深まり、薙も同じことを感じているようで、どんどん疎遠になっていった。
だから意外だった。薙が二つ返事で僕の所へ来ることを了承したことが。
この二年間会っていない息子の成長した顔。どんなに想像しても朧げにしか浮かばない。
ごめんよ、薙。
約束した通り、君のことは今度こそきちんと見守らせてくれ。せめて君の前では、胸を張れる父親でありたい。失った時が戻らない事は分かっているが、それでも願いたくなる。
僕の体がすでに薙に胸を張れるものではなくなっているのに、そう願うのは浅はかな事か。
躰が二つあればいいのに。
薙の父親としての躰。
流を愛し、流に愛される躰。
「何を馬鹿げたことを……しっかりしろ翠」
いつものように自分で自分を励ますことしか、出来なかった。
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