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引き継ぐということ 12

 あと一分一秒でも遅かったら、泣いていた。 「薙っ……待たせて悪かった!」  突然の大声に反射的に振り返ってしまった。  オレの元へ駆け寄って来た背の高い男性は、息をはぁはぁと切らし額に大粒の汗が浮かべていた。  あ……この人……流さんだ。前と全然変わっていない。  なんでここを? もしかして待ち合わせ場所から離れた俺を探してくれたのか。こんなに汗かいて必死に。 「ったく、遅いんだよ」  こんな時でもオレは可愛い健気な一言は言えず、反発するような言葉しか漏らせない。  こんな言い方をしたらピリピリとした空気になると思ったのに、流さんはふっと大人の笑みを浮かべ、その手でいきなり俺を包んだ。 「えっ? わっ! 何すんだよ!はっ放せよ!」 「悪かったな。薙、心細かったろう」  オレの反応なんて関係なしに、流さんの胸の中に包まれて驚いてしまった。あまりに驚いた。でも大人の広い胸にほっとして、何故か心地良くてやっぱり反発してしまう。  手を握り締め拳を作って、広い胸を叩いた。 「どけって! オレはもう子供じゃないっ」  そうだ。昔……父さんと流さんと行った遊園地で迷子になって泣きじゃくったことがある。あの時もオレを見つけた流さんが、こんな風に抱きしめてくれた。  どうやらさっきまでの泣きたい程募った寂しさは、風に乗って消えてしまったようだ。  ドンドンっと胸を叩いていると、やっと流さんもオレが嫌がっていることに気が付いたらしく、腕を緩めてくれた。 「あぁ悪い。なんだか薙大きくなったな。本当に悪かった。お前の連絡先聞くの忘れて、2時間も待たせてしまったな」 「いいよ……そんなこと別に。適当にふらふらしていただけさ」 「んっ分かった分かった。さぁ帰ろう」  帰ろう…か。  いとも簡単に言うんだな。この人は……  見上げるほど大きな流さんに肩を抱かれて、オレは空港を後にした。 ****  空港到着2時間遅れなんて、流っ、お前最低だ!  自分自身に激しい怒りを感じた。  事故渋滞だったとはいえ、不可抗力だったとはいえ、今日のこの迎えは遅れるべきじゃなかった。薙はまだ14歳。強がっていてもたった年若い少年なんだ。そのことを忘れるな。  待ち合わせ場所は、出国ゲートの大時計の下。  だが、そこにはもういないような気がした。そこでじっと待っているような子じゃないと思ったから。  駐車場から全速力で向かうと、案の定姿は見えなかった。  どこだ? どこにいる?  辺りをぐるりと見渡すが、姿は見えない。  必死に記憶の中の彼の姿を思い浮かべる。  顔は翠兄さんによく似ていた。今はもっと似ているだろうか。背は2年前はまだ150cmほどしかなかった。今はどのくらい伸びただろうか。黙っていれば父親似の静かな印象なのに、喋ると印象がガラリと変わる。だがすべての表情を抑え込む癖がある子だった。  強気でクールな性格のようで、どこか冷めた目をしていた。それでいて内に熱いものを秘めているような、アンバランスな少年。  出国ロビーにいないことを確認してから、俺は空港の見取り図をじっと睨んだ。  そしてすぐに分かった。  ここだ! 展望デッキにいる。  あの子は下へは行かない。上だ!  じれったくて階段で昇った。そして、展望デッキの扉を開けてすぐに、あの子がいると分かった。  はっとした。  子供の二年の成長は早いものだ。  飛び立つ飛行機に別れを告げるかのように、夜空を見上げているその横顔は、翠兄さんを彷彿させる美しいものだった。  でも俺が近寄るとわざと悪態をつく姿がいじらしくて可愛くて、思わずハグしてしまったよ。  俺の大切な人の息子なんだ。そう実感した。  今、助手席にムスッとした顔で座り込んでいる薙を見て、やはりその仕草が微笑ましくて頰が緩んでしまう。  薙は「何見てんだよ!」とそっぽを向いてしまったが、どうやら照れているようだ。  やがて車が走り出すと、薙は次第に船を漕ぎだした。それもそうだろう。もう深夜になろうとしている。  14歳の子には酷な時間だったろう。  俺と薙を乗せた車は、翠兄さんが待つ月影寺へと夜道をひた走る。  長い一日は終わり、明日から月影寺にまた新しい風が吹くだろう。

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