732 / 1585

引き継ぐということ 21

「来てくれてありがとう」  翠の声が本当にほっとしたものだったので、間に合って良かったと思った。  俺達の月影寺よりもはるかに規模の大きい建海寺は、庭も広大で、山門が仰々しいほどに、そびえたっている。  くそっ……相変わらず嫌な雰囲気で忌々しい寺だよ。  それに達哉さんが悪いわけじゃないが、どうも兄さんと達哉さんが並んでいるのを見るのが、昔から気に食わない。  それにしても、今日の葬式は憂鬱だ。  まさか克哉の奥さんが事故で亡くなるなんて。つい先日克哉とは宮崎で会ったばかりじゃないか。なんだか後味が悪いな。  克哉も重体と聞いたが命に別状はないらしい。もちろん今日の葬式には来られない。だから二人で揃って来たんだ。  同じ鎌倉の寺同士の付き合いってものは想像より厄介だ。兄さんは住職という立場を正式に引き継いだわけだから、これからもっとこういう世間のしがらみが増えていくのだろう。  はぁ……とにかく色々と心配だ。  つつがなく葬式は終わった。  克哉の子供たちが三人並んでいたが、皆俯いていたし大人に紛れ、遠目で顔がよく見えなかった。  いずれにせよ、母親が子供を残して逝くのは辛い。  克哉がしてきたことはともかく、奥さんには何の罪もない。ただただ、冥土での幸せを祈ることしか出来なかった。 「……」  帰り道、俺達は無言だった。  翠が気落ちしているのが、伝わってくる。  慰めてやりたい。  抱きしめてやりたい。  もう一人で頑張らなくていいと耳元で囁いてやりたい。  寺に戻ったら、人気のない場所へ連れて行こう。  抱こう……  翠が抵抗しても、今日はどうしても抱いてやりたい。  そう心に誓った。 **** 「薙、これ明日からの制服と教科書な」  明日から通う中学校で転校の手続きをして部屋に戻るなり、流さんが荷物をどんどん放り投げて来た。 「ちょっと乱暴だな!」 「あと薙の荷物はそこの段ボールの中だから、俺達が帰るまでに開封して整理しておけよ」 「はぁ? そんなの出来ないよ」 「やっとけ!」  頭をポンと叩かれたので、子供扱いすんなっと思いキッと睨むが、流さんは余裕の笑みだ。俺の方も、母さんに小言を言われた時のように、嫌な気持ちにならないのは何故だろう。  流さんが出かけた後、重い腰をあげて段ボールを開封した。荷物の一番上に、見慣れない冊子みたいなのが載っていた。 「なんだ? これ」  取り出してパラっと捲ると、写真が並んでいた。  なんだアルバムか。つい見入ってしまった。家族写真なんて見るのは久しぶりだったから。  生まれたばかりの俺。両親の間に抱かれ、写真館で撮ったもの。  へぇ……こんな写真初めて見るな。  それから更に次の頁には、父の若い頃の写真が並んでいた。  大学生くらいなのかな。水族館で撮ったものらしく、ウミガメが背景に写っていた。それから江ノ島を背景に、流さんと並んで撮った写真もある。  ふぅん、こうしてみても、やっぱり対照的な二人だよな。  それに……なんだ父さん、こんな笑顔できるんじゃん。  流さんも嬉しそうだし、本当に仲がいい兄弟だったんだな。  まぁ今もそんな感じだ。  二人の写真に、少しだけ胸の奥がモヤっとしたのは何故だろう。

ともだちにシェアしよう!