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振り向けばそこに… 1
「薙、仕度できた?」
九月一日、新学期の朝。
部屋で学ランに着替えていると、父から声を掛けられた。
今日は袈裟ではなく珍しく洋服を着ている父をちらっと見てから、そっけなく答えた。
「……とっくに出来ているけど」
「今日は時間があるから、一緒に学校に行こうか」
「いいよ、入学式じゃあるまいし。かえって目立つからやめて欲しい」
「え……あぁ……そうか。うん、確かにそれもそうだね」
少しトーンの低くなる声に、悪いことをしたという気持ちが強くなるが、どうにも俺はこの父に甘える術を知らない。そもそも柄じゃないし!
昔から会うたびに、繊細な人だと思っていた。
ガサツな俺とは似ても似つかないその雰囲気が少し苦手で、どう対応したらいいのか困っていた。
でも、いつも父さんと一緒に付いて来てくれる流さんとは気が合った。だから父に年に一度会うのは苦痛でもあり、流さんに会える楽しみでもあったんだけどな。
昨日流さんと学校へ行く道は楽しかったのに、父とは行きたいとは積極的に思えなかった。
部屋から去っていく父の背中を見て、今朝に限っていつもの袈裟姿じゃなかったのは、俺と中学校へ行くためだったことに気が付いた。
だが俺は、そんな父を素直に呼び止められない。
ひねくれた子どもなんだ。
****
「兄さん、薙と出かけるつもりだったんじゃ……」
用意した服装ではない兄の姿を見て、眉をひそめてしまった。
昨日確か今日は洋装の準備を頼まれたのに……いつもの袈裟姿じゃないか。
「流、ごめんな。よく考えたらかえって二学期の始業式に親と一緒なんて過保護過ぎるだろう。やめておこうかと……」
「薙の奴、なんか兄さんに言ったのか」
「いや……別に」
おいっそんな風に寂しそうに笑うな。
いつもそんな顔を見せて……本当に心配になるよ。
どれだけ俺が愛を注いでも、すぐにそんな表情になってしまうのは不甲斐ない。俺の愛は足りてないのか。
「しょうがない奴だ。父親の愛を受け取らないなんて、俺から一言言おうか」
「流、やめてくれよ。僕が不甲斐ないだけさ」
「はぁ……兄さんがそう言うのなら俺は見守るしかない。あぁそうだ。今日はいよいよ丈たちの新居の内覧会ですよ。あとでリフォーム業者の人が来るので、兄さんも一緒に行きましょう」
「そうか。洋くんもこれでやっと落ち着けるな。喜んでいるだろうね」
途端に明るい笑顔になるのが、少しだけ悔しい。
兄さんは洋くんのことを溺愛している。
何故だろう。遠い昔の夕凪という人物と重なるからなのか…
「ずるいな、そんな表情」
「え?」
ぼんやりと微笑む兄さんの薄く開いた口唇を、今すぐここで無性に奪いたくなる。
「俺にもそんな顔して欲しい」
「なっ……また流は……この前散々……」
頬を染め照れ臭そうに微笑む兄の顔。
まぁこれじゃ薙に断られるのも無理がない。
とても父親の歳には見えないし、頼りないし、可愛いのだから。
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