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初心をもって 19

 まだ14歳のあどけない寝顔だ。  こうやって目を閉じていると、やっぱり翠と面影が重なる。特に目鼻立ちが似てるよな。強いて言えば薙の方が目を開けると、目つきがきつく鋭いけどな。  翠にもこの位の強さがあれば……  俺達こんなにまわり道をしなかったのでは。  いやそうじゃない。  翠は静かな強さを持っているから耐えられた。  あらゆることを耐えて凌げたのだ。  俺には出来ないことだ、本当に。  そんな悔しさと愛おしさが入り混じった感情で、薙のことを見つめてしまう。  遠い日の俺と翠のことを想い出す。  隣で眠っている翠の顔を、こんな風に見つめたことがあったな。  ずっと触れたくても触れてはいけない人だった。  昔を回顧しながら……薙のその濡れた頬を指でなぞろうと指を伸ばした瞬間、パッと目を覚ましたので、焦ってしまった。 「うわっ! 何でいるんだよ!」 「あぁ悪い。お前さ……泣いた?」 「えっなんでだよ」 「……涙の痕が」 「違う!泣いてない」  強情に言い張れば言い張るだけ、痛々しい。 「薙、寂しいなら寂しいと言った方がいい。我慢するのは良くないぞ」 「五月蠅いなっ」  あんな風にひたずらに自分の感情を押し殺して生きるのは、翠兄さんだけでいい。薙にはそんな人生送って欲しくない。 「何も知らない癖に偉そうに言うなよ」  薙は図星を刺されたらしく、烈火のごとく怒りだした。  14歳のエネルギーの爆発だ。  かつて俺もこんな風に怒りに震えていたので分かる。  他人事とは思えない。 「お前はやっぱり俺に似てるなぁ」  思わず拳を握りしめ震える薙を懐に抱いてやった。  幼子をなだめるように。 「りゅっ!流さんっ」 「お前可愛いよ。いろんな所にぶつけたいんだよな。怒りのエネルギーでこんなに満ちて、こんなに泣いて……馬鹿だ。でもあんまり無理すんな。俺には何でも言え」  まだ少年の若草のような香りが鼻をかすめる。  翠の血が流れているのを感じる匂いだ。 「うっ……」  途端に小さな嗚咽、震える肩。 「誰にも……言うなよ……オレ……が…泣いたこと……」  そう言いながら俺の胸に縋るように顔を押し付け、肩を震わしていく。  甥っ子が可愛い、翠の息子だと思うと猶更だ。 「あぁ、お前はまだ14歳なんだ。溜めすぎるな。無理するな」 ****  明け方、うなされて飛び起きた。  母が乗った飛行機が墜落するという怖い夢に、悲鳴をあげたような気がする。とても嫌な夢だった。  はぁはぁと肩で息をして悲鳴をあげた乾いた口を塞ぐと、冷たい寝汗が背中を滑り落ちて行くのを感じた。  オレ……なんで…こんな夢を。  まるで心の奥を見透かされたような、雨に打たれたような目覚め。  目元が不覚にも濡れているのに気付いたが、確かめない。  オレが泣くなんて。  小さな子供みたいに泣くなんて嘘だ。  この涙の理由は何だよ……まさか……母が恋しいのか。  フランスに行ったっきり、ろくに連絡も寄こさない人を?  それともこの寺に馴染めないから?  それとも父さんと上手くいってないから?  それとも新しい中学が不安なのか。  分からない……分からないよっ!  なんでオレが泣かなくては、ならないんだよっ!  濡れた目元を拭きもせず、もう一度眠ることだけに意識を集中させていった。  眠って……眠って忘れよう。  泣いたことなんて忘れよう。  誰にも見られたくないよ。  こんな弱い姿。

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