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有明の月 1

 宇治駅に降り立った。人気がない駅だった。  昼間は観光客でごった返しているだろうが、今はどの店もシャッターが下りて閑散としている。それもそうだ。もう23時近いのだから。  俺はもう一度だけ呉服屋でもらった地図を見つめ、クシャっとジーンズのポケットに突っ込んで道を急いだ。  翠が待っている。  暗闇を怖がる翠が震えている。  翠のもとへ一刻も早く駆けつける。  そのことだけに集中した。  宇治川が音もなく流れゆく大きな橋を渡り、ライトで照らしながら細い山道を登っていく。  提灯の灯りじゃ無理だと思い、登山用のライトを京都駅で買い足した。幸い夜間までやっている家電量販店があったので助かった。  道中の足元が悪いのは、承知の上だ。  俺は北鎌倉の寺の裏門から抜け出し、毎日山歩きをしているので、この程度の山登りは苦にならない。  それよりも翠が、よくこんな山道をひとりで歩けたと不思議に思う。  翠は何かに導かれたのかもしれない。  山道を一気に駆けあがり、木の根っこに躓いて転んだりもしたが、とにかく一目散に駆け上がった。  道を間違えることなく、ひたすらに小一時間かけて道なき道を走り続けた。  やがて見えて来たのは、白い月明りを一心に浴びた廃屋。  すぐに分かった。そこに翠の気配を感じたから。  俺が確信をもって壊れた門を潜り抜けた瞬間に、庭先に人ならぬものの気配を感じた。 (来たな) 「お前はっ」  もう消えかかる光となっていて……姿は存在しない。 (幸せになってくれ……俺達が成し遂げられなかった分も)  ただ声だけが宙から降って来た。  その言葉にはっとした。 「君を探し求めていた」  翠が京都で探したものが、見つかったことを理解した。  翠はどこだ!  慌てて部屋といっても雨戸もなく、窓硝子も割れた廃屋だったが、そこの朽ち果てた部屋に翠は蹲っていた。コートの襟元を抑え俯いた。心細そうな様子に胸が押しつぶされるよ。 「翠っ!無事か!」  寒そうに震えている躰を、一気に持ち上げるように強くきつく抱き上げてやった。  翠は俺の声に反応し、身体をびくっと震わせた。 「流っ!!何でここが分かったんだ……」  双眸を見開き、俺を確認すると泣きそうな顔で震える手を俺の背に回してきた。 「無事だな。無事なんだな」 「あぁ流、信じられない。こんな山奥を探し当てるなんて」 「翠……勝手なことばかりして、無茶したな」 「ごめん……本当にごめん。お前にまた心配かけて」  翠はひたすらに素直に謝ってきた。  俺達は昔のように、もう何も隠さなくていい。意地を張らなくてもいい。そのことを実感した。 「流、流……僕の流、来てくれた。何度も呼んだ。本当に来てくれるなんて信じられない」  嬉しそうに俺の胸元に顔を埋め健気に呟く様子に、一気に下半身が疼きだす。 「心配ばかりだ。いつだって……いつも翠はひとりで」 「流、ここが夕凪の家だった。曾祖父が探していた流水さんの墓も見つけた」 「あぁそのようだな。さっきすれ違った」 「えっ流も邂逅出来たのか」 「あぁ。幸せになれって言ってたよ」 「そうか……僕にも同じことを」  翠の眼から涙が一筋流れ落ちた。 「どうして泣く?」 「遠い昔、流水さんはこの地で果て……それを湖翠さんは知らずに余生を送ったそうだ。なんという悲恋だったのか。その悲しみに一瞬僕は流されそうになった」 「危なかったのか。何かあったのか」 「あまりに強烈な悲しみの念をまともに受けて、気絶していたみたいなんだ。しばらく庭先で」 「何てことだ! こんな寒い夜に外で寝たらどうなるか分かっているだろう!」  想像して、ブルっと背筋が震えた。 「うん……危なかった。寒くて死にそうだった」  その時になって、翠の身体が小刻みに震えていることに気が付いた。 「翠……寒いのか」  翠は無言で頷く。  翠の着ている洋服を手探りで確かめると、なんとも心もとない。 「コートはこんな薄いやつなのか。セーターもこんな薄手で……こんな服で山登りか」 「……ごめん」 「はぁ……やっぱり翠はひとりに出来ない」  時計を見ればもう深夜零時を過ぎていた。 「とにかく皆に無事を連絡して。っと翠のスマホはどうなってたんだ。全然かからなかったぞ」 「あ……充電切れで」 「あぁくそっ本当に翠はずぼらだ。バッテリーは? 持ってないのか」 「宿に忘れて。流、そんなに責めるなよ。お前が傍にいないのが悪い」  開き直って笑う翠の仕草が、何故か強烈に色っぽかった。  無意識に誘っているとしか思えん。  カリカリと髪を掻きむしり、すごい勢いで心配して待っている道昭さんと丈達に無事を連絡して、明日下山することを伝えた。 「皆に心配かけたな。でも戻ろうにもあの山道を下山する勇気は、ちょっと」  翠は真剣に考えこんでいた。 「翠、もういいから。翠は余計なこと考えるな。来いよ。温めてやる」  かなりの山奥だと呉服屋の若女将に聞いたので、ライトと簡易寝袋を用意して正解だな。 「流?」  怪訝そうに俺の前に立った翠のセーターを脱がし、シャツのボタンを外し、一気に肌を露わにした。その様子をぽかんと見つめていた翠が、頬を赤らめて聞いてくる。 「な……何をするんだ」  はだけたさせたシャツの隙間に手を這わして、指先で乳首に摘まんで、擦ってやった。 「えっ……」  ますます怪訝な顔で動揺する翠の顔に、猛烈に犯したい気持ちが高まっていくのを感じた。 「温めてやるから、それと心配かけた罰もだな」 「……罰って」  一言ずつ反応する可愛い唇を塞いで、ぐいっと抱き寄せた。 「あっ」  寝袋をマット代わりに翠を寝かせた。  月あかりに照らされた翠の裸の胸に、強く深く欲情した。 「翠を抱く。ここで抱くぞ」

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