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有明の月 5

 口づけを交わした。  何度も何度も蕩けるように甘いキスが降り続いた。ところが、いつものように躰になかなか触れて来ない。 「どうした?」  怪訝に思い見上げると、丈が少し困った表情を浮かべていた。 「洋、やっぱり今日はやめておこう」 「えっなんで?」 「今日は疲れているようだ。少し躰が熱いな。熱はまだないようだが、無理すると洋はすぐに熱を出す。それに明日も仕事だろう?」  丈にしては意外なことを言う。  こんな風に丈が途中でやめるなんてことは今までなかったのに。確かにいろいろあって疲れてはいたが、熱はないはずだ。たぶん。  確かに学会の仕事も初めてだったしPCのトラブルで焦ったり……あぁそれにあの人のことも突然、今日丈の横に俺よりも長い時間いた高瀬さんのことが頭に浮かんだ。  同時にモヤモヤとした気持ちを思い出すと、自分でも驚くほど不機嫌になってしまった。 「俺とするの嫌なのか。もしかして?」 「洋? 何でそんなことを」  丈が驚いたように目を見開いた。 「悪い。なんでもない。気が逸れたのならもういいよ。シャワー浴びて来る」  俺はベッドから抜け出してシャワールームに向かった。そういえば俺、風呂にも入ってなかったな。汗をかく季節ではないとはいっても、今日はいろんな意味で冷や汗をかいたのに。 「洋?」  丈が不思議そうに問うが返事はしないで、バンっと浴室のドアを閉めてしまった。  大人げないと自分でも思ったが、こんな時の俺はひどく我が儘な子供みたいで、自分でも嫌になる。  突っ張っていた頃とはまた違う、不思議な感情を持て余している。  そうか……自分の感情に戸惑っているのか。これが俺の感情なのかと思うと不思議な気持ちになるほどに。  認めよう。  今まで、怒られないように嫌われないように過ごしてきた。病弱な母を困らせないように……再婚相手の機嫌を気にして過ごした。そんな日々があったことを久しぶりに思い出してしまった。  それでも熱い湯船に浸かると、緊張していた身体がほぐれていくのを感じた。  だがいつもなら、丈はこんな俺を放っておけないと、風呂場にまで押しかけてくるのに、今日は来ない。そんなことがいちいち気になって悶々としてしまう。  やがて一つの結論に行きついてしまった。  もしかして俺……嫉妬しているのか。  そうだ、日中の丈と高瀬さんの親密な様子に妬いた。  もう素直に認めろよ。  自分にそう問いかける。  恥ずかしいやつ。図々しいやつ。  丈が愛してくれるからって俺、それに甘んじてばかりで調子に乗るなよ。  こんな些細なことにも妬いてしまうほど、小さな器なんだ。  一度認めてしまうと、やっと気持ちが落ち着いてきた。 ****  バスローブを羽織り部屋に戻ると、丈が待っていてくれた。 「洋、落ち着いたか。ほら水分を取れ。髪も乾かさないと」 「う……ん」  ペットボトルを素直に受け取り、躰に水分を注いだ。  丈が俺の髪の毛をドライヤーで乾かしてくれ、その後、そっとうなじにキスされた。 「あっ……」  心がほぐれる瞬間だ。 「丈、俺ごめん。さっきイライラしてた」 「少し気持ちが落ち着くのを待っていた。だが洋が妬くなんて珍しいな」 「知って?」 「お前は分かりやすいからな」    丈が余裕の笑みを浮かべているので、憎たらしくなった。 「あぁそうだよ。妬いた。高瀬さんとのこと!マンツーマンで取材受けたなんて知らなかった!」 「やっぱりそのことだよな……悪かった」  丈が謝るのは違うと思った。 「違うんだ。そうじゃない。なんていうか……今度はその取材、俺が実力でさせてもらえるように頑張りたいんだ」  自分で言って恥ずかしくなるが、きちんと伝えないといけないと思い頑張った。 「嬉しいことを言ってくれるな。最近の洋は、私に優しいな」 「なっ、どういう意味だよ。まるで俺が今まで冷たかったみたいじゃないか」 「ふっ」  憎たらしいことを言う丈に、俺も笑みがこぼれた。  俺達、少しづつ変わっている。その変化を柔軟な心で受け止めていくことが大切なんだと、素直に思えた。 「洋は、また最近少し変わったな」 「そうか」 「喜怒哀楽がはっきりしてきた」 「怒ってる方が多いと?」 「そうだな~」 「おいっ」 「おいで。風呂に入ったら血色もよくなったな……気持ちの整理が出来たのなら、シテもいいか」 「ふっそう言うと思った。いいよ。俺もしたい」    ほぐれた躰は、素直に丈を求めている。  心を重ね、躰も重ねてくれよ。  俺が安心できるように。  そんな風に思ってしまう俺は……やっぱり我が儘なのか。

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